「天職一芸~あの日のPoem 170」

今日の「天職人」は、岐阜県本巣市の「真桑瓜(まくわうり)農婦」。(平成十七年十二月二十日毎日新聞掲載)

広間彩る盆提灯 回る影絵の走馬灯            母の好物真桑瓜 供えて燈す松明(たいまつ)を      御下り子らは待ち切れず 早く早くと急かしたて      妻は包丁持ち来たる 年に一度の真桑瓜

岐阜県本巣市上真桑で代々真桑瓜を作り続ける農家。二十代当主の小川与司彦さんと、妻の満佐子さんを訪ねた。

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「ちょっと大袈裟ですが、江戸時代に街道を行き来した旅人たちの間で『真桑瓜の放つ涼やかな甘い香りが、中仙道の美江寺宿まで届いた』と言われたらしい」。与司彦さんが、郷土をこよなく愛する学者のように、穏かな口調で語り出した。「でも作り手は、代々女系やで」。茶を入れる傍らの妻を見つめた。

満佐子さんは昭和二十一(1946)年、隣の大野町で加納家の長女として誕生。

高校を上がると岐阜市の会社に就職し、事務員を務めた。

三年後、二十一歳の若さで小川家に嫁入り。「この座敷の、丁度そこに座って三々九度して。巫女の代わりが義姉の幼子で、主人の従兄弟が高砂の謡(うたい)をやってくれたんやて」。

豪農旧家の祝言は、昼夜の二回戦。昼は親類、夜はご近所衆が集まり、飲めや歌えのお目出度三昧。やがて二男一女を授かり、四世代同居の暮らしが始まった。

真桑瓜の栽培は、毎年五月末から六月初旬の種蒔きから。双葉から本葉へと五~六枚の芽が出たところで芯を摘み取り、親蔓から実を成らせる孫蔓へと枝分け。畳八畳程の畑に三株が目安。七月下旬頃になると黄色い花を付け、それから二週間程で長さ十五㌢、太さ十二㌢程に生長。

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黄色に黄緑色の縦縞模様、俵型した真桑瓜は、まるで頃合を知ってか知らずか、蔓から首がポンッと落ち、大地に実を横たえる。

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「落ち瓜系やで。それを拾って収穫するだけ」。何とも手間要らずな潔さ。

切り溜箱と呼ばれる木箱五段に納められ、ひと夏約百個を収穫する。

「二~三日置いて箱の蓋を開けると、何とも甘い香りが部屋中に立ち込めるんやて」。

嫁いで以来、この道三十八年の満佐子さんは、香りを思い出すかのように眼を閉じた。

「お婆ちゃんがよう言うとったんやて。『大きな花柄で、お尻もしっかりした俵型がいい種を残す』って。皮を剥いた時、果肉が黄緑色しとるのが、美味しい瓜の種を取る秘訣なんやて」。

小川家の女たちは、先祖が長い年月をかけ改良に改良を重ねた、真桑瓜原種の種子を守り続ける。

「真桑の土地の気候と風土が、この瓜作りに適しとったんやて」。

夫は郷土史を広げた。「真桑瓜の名で文献に初めて登場するのは、織田信長の時代の頃」。

以来、真桑瓜は、真夏に涼を呼ぶ水物の王として、時の権力者たちの元へと献上され続けた。

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「昔は、他に甘い果物が少なかったんやて。今は糖度の高い果物が多く出回とるもんやで、真桑瓜も甘く感じられんようになったんやろな」。妻が広げた今年の種を見詰め、夫はそうつぶやいた。

「でもこの自然の甘さが本物。昔ながらの真桑瓜の甘さなんやで」。妻は愛(いとお)しむように種を掌に載せた。

米粒よりもわずかに小さな種。真桑の女たちは、天然の甘さを宿す種を、子々孫々へと守り伝えて行くことだろう。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 170」」への15件のフィードバック

  1. 「天職一芸〜あの日のpoem 170」
    「真桑瓜農婦」
    文章を読み進めていると甘い香りがしてきました。お口のなかは まくわうりの甘さに一瞬でなりました。
    漢字で書いた事が無かったですけど
    真桑瓜って書くんですね。
    母の出してくれる果物はいつも食べ頃で美味しかった事まで 思い出しています。ありがとうござます。

    1. やっぱり冷蔵庫でキンキンに冷やすのもいいですが、夏の果物は井戸水の冷たさで冷やしたくらいが甘さも引き立つのでしょうねぇ。

  2. まくわうり、懐かしい⤴️
    子供の頃、よく食べました。でも、最近では色んな種類が出てて、名前がなンとかメロンに。オカダさ〜ん、スーパーでまくわりうりって見かけますぅ?

    1. ええっーっ!
      真桑瓜をスーパーで見かけたこたぁ、ありませんねぇ。

      1. スーパーには無いけど地域限定の朝市等などでは売ってますよ。日置江の朝市(日曜)、夕市(水曜)には出ていますよ。
        以前、コラボ企画で岐阜農林生活科の生徒さんが作った真桑瓜アイスを食べた事がありますよ。

        1. 真桑瓜アイスかぁ!
          なんかいいなぁ!
          素朴な冷たさと甘さの様で。

  3. こんにちは。
    ・真桑瓜農家のお話ですね。
    ・まくわうりを、漢字で書くと(真桑瓜)に、なるのですね。勉強になりました。
    私は、真桑瓜 スーパーで、見ませんね。
    ・形は、冬瓜みたいですね。形が楕円になっているからです。

  4. 子供の頃、夏になるとよく食べました。
    昔は、瓜もスイカも塩をふって必ず食べていましたが、
    最近は塩をかけて食べなくなったなぁ~⤴
    なんでやろぅ?
    昔よりも糖度があがったんでしょうか?
    それとも、大人になったからか?
    先日「コストコ」で韓国産のスイカを買いました。
    ウン⤴不味くはないけど・・って感じ!
    やはり国産が上手い!と思う!

    1. スイカの香りにぼくは、ついつい夏の匂いだと思い込んでいます。
      子どもの頃、種を飲み込むと、お腹んなかから蔓が生えてくるって、心配したものです。

  5. スイカ!そうですよね。
    疑問に思いながらそう聞いて心配しながら食べてました。
    いつの間にか8月ですね。

    1. やっぱり!
      なんだかお腹の中が、ジャックと豆の木になっちゃうようで、そりゃあ心配したものです。

  6. 子供の頃 スイカと同じぐらい食べてました( ◠‿◠ ) メロンなんて食べた記憶が…
    「甘くないじゃん!」なんて思った事もなかったですね(笑)
    母は 皮に残った果肉を塩漬けにして よくお漬物を作ってましたよ。
    今でも 義兄が瓜やスイカを作ってるので 時々頂くんですが 息子達は瓜だけ手をつけず。きっと甘さが足りないんでしょうね。

    1. 確かに現代人と昔の人では、甘さの間隔そのものが違ってるんでしょうねぇ。
      でも、ほんのりと甘いってぇのも、なかなか乙ですけどねぇ。

  7. 子供の頃、わ~いわ~いメロンだって、喜んで食べてたのは、瓜でしたね。
    熱中症予防に、夏の果物や野菜を、沢山食べなきゃね~。

    1. そうそう、夏野菜や夏の果物は体の火照りを鎮めてくれますものね。

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