「昭和Nostalgia」(375)

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今日の「昭和Nostalgia」はコチラ!

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これまた昭和の年の瀬の年賀状作りで持て囃された「プリントゴッコ」!

って言っても、芋版ばかりだったわが家にゃあ、ありませんでしたけどねぇ!

昭和52(1977)年の発売だったとか。

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ってぇことは、ぼくが20歳の年に誕生していたってぇことになります。

でももうその頃は、年賀状をやり取りする興味もまったく失せてしまっていて、結局娘が年賀状をやり取りする年になって、初めてプリントゴッコデビューを果たしたような覚えがあります。

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それでも平成20(2008)年まで発売されていたそうですから、ロングセラー商品の一つであった事には違いなさそうです。

まぁ今の世は、PCでチョチョイノチョイですものねぇ。

って、ぼくは2000年を最後に、年賀状も中元歳暮も止めちゃいましたけどねぇ。


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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「昭和Nostalgia」(375)」への8件のフィードバック

  1. 年賀状は、長年、多治見駅前のカメラ店で家族写真入りで印刷して貰っていました。しかし数年前に閉店してしまったので仕方無くプリントゴッコもないのでカメラのキタムラまで出向いて、これまで同様に印刷をお願いしています枚数は大分減りましたねぇ~!

    1. 家族写真の年賀状の残りで、よく深夜番組にもリクエストをお寄せいただきましたものねぇ。
      この~っ、残り物の年賀状の「ハガキ職人」!

  2. 年賀状出す側も進化・・?
    プリントごっこもなくなって
    年末に出る「かんたん年賀状」何て言う本を買って
    自宅のパソコンで年賀状を制作してプリントーアウト
    今年から殆どの親戚、友人はラインで繋がっているので
    年賀状終いの連絡をして・・
    まぁ⤴かたちだけの年賀状よりラインで繋がっていた方が
    良い所もないではない❢
    しかしねぇ❢「あけおめ」だけは許せない・・
    新年早々、挨拶だけは、ちゃんとしようよぉ❢
    いやいや、これも歳のせいなのか~~ぁ⤴

    1. 年賀状に取って代わった、メールやLINE!
      確かに仰る通り、ハガキの温もりは伝わっちゃ来ませんね~っ!

  3. オカダさん今晩は(^-^)ご無沙汰してます!
    プリントゴッコセットで買いましたよ!値段は1万円ぐらいだったと思います!初めは喜んで楽しく年賀状作っていましたが毎年枚数が増えるとインクなどまた買わなきゃ行けないしお金がかかって大変でその頃にワープロが流行ってワープロ買ってそれで年賀状やっていました!ワープロだと表裏出来るので買って良かったです(^-^)/ちなみにプリントゴッコは裏しか出来なかったのでね(^_^;)
    オカダさん実は私事ですか3月末に仕事早く終わったので喜んで美味しい物食べようと張りきって帰る途中に石の上に乗って転んで右足のかかとの所に骨折してしまいました(^_^;)痛みは取れました!まだ歩くのに杖ついて歩いています!会社の方から4月いっばい休んで良いよと言われたのでありがたいです(^-^)今は少しずつ杖ついて歩いてゆっくり慌てずに歩く練習してますよ(^-^)

    1. 踵の骨折ですかぁ!
      確かにぼくも、うっかり躓くことが多くなった気がします!
      どうか焦らず、「散歩進んで二歩下がる」でも良いんです!
      それでもちゃんと一歩は前に進んでいるんですから!
      どうかお大事になさってくださいね~っ!

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