「貝合わせの貝殻って?蛸の吸出しの入れ物?」

「ええっ!これってさあ、富山の薬屋さんが持って来る、薬箱の中に入っとるやつや!あの大きな貝殻に入った、膿を吸い出す蛸の吸出しやない?こんなんで遊ぶのが『貝合わせ』って言うん?」とぼく。

すると、ご近所でも指折りのお嬢様である、同い年のフミちゃんは、「???」と怪訝そうにぼくを見つめた。

夏休みの真っ最中。
この日はフミちゃんのお誕生日会とやら。
ぼくとサッチャン、そして女の子はフミちゃんと仲良しの、ハルちゃんがお呼ばれになったのだ。
明らかにぼくんちやサッチャンちと、フミちゃんちの暮らしぶりは雲泥の差。
見るもの聞くものすべてが、これまで目にしたこともなければ、耳にしたことなどない、家具や調度品に電化製品で溢れ返り、壁際のステレオからは、高貴で軽やかなクラッシック音楽が奏でられ、とにかくぼくとサッチャンは借りて来た猫状態。
ぼくらはそれでも、なけなしのお小遣いで駄菓子屋で買った、紙石鹸やらリリアンと言った、チープなお誕生日プレゼントをコソッとフミちゃんに差し出した。


恐らくフミちゃんは、駄菓子屋なんかに行ったこともないのだろう。
矯めつ眇めつ眺めまわし、「お母様。こんな素敵なプレゼントいただいちゃったわ!」と。
するとフミちゃんのおばちゃんも、「あらまあ、なんて可愛らしいの。良かったわね。さあ皆、どうぞ沢山召し上がれ!」と。
百貨店の食堂のショーケースの中の、蝋細工でしか見たこともないような、高級そうな洋食を次々に運んで来たのだ。
ご馳走を鱈腹いただいたところで、今度は立派なデコレーションケーキを切り分けたお皿の上に、これまでに見たこともないプリュンプリュンと揺れる、黄色い物体が登場。
おまけにその上には、黒いドロッとした液体が覆っているではないか?

するとサッチャンが小声で「ミノ君、これって洋風の茶わん蒸しやろか?」と、小声でささやきかけ、居ても立ってもいられぬ様子で、「ねぇ、フミちゃん。これって洋風の茶わん蒸し?」と尋ねてしまった。
フミちゃんは一瞬キョトンとしたものの、「そうねぇ、確かに茶わん蒸しみたいだけど、それはプリンって言うデザートよ。甘くって美味しいから、召し上がってみて」と。
正直サッチャンに感謝した。
だってぼくだってその正体が分からず、もう少し遅かったら、ぼくだって矢も楯もたまらずフミちゃんに尋ね、恥をかくところだったのだから、クワバラクワバラ。
でもそれが、ぼくとサッチャンにとって、互いに人生初のプリンとの出会いとなった。
この世にこんなに美味しいものがあったんだと、しみじみお母ちゃんの茶わん蒸しとの差を感じ入ったものだ。
「ねぇ、貝合わせって、平安時代の遊び教えてあげようか!」。

そう言って、フミちゃんはキラキラ輝く、螺鈿細工の施さされた貝桶から、ハマグリを床に並べ始めた。

それを見たぼくは、ついつい失礼にも冒頭の「ええっ!これって、富山の薬売りさんの薬箱に入っとる、膿を吸い出す蛸の吸出しや?こんなんで、遊ぶのが『貝合わせ』って言うん?」と、今想っても実に恥ずかしいことを宣うたものだ。

何もかも自分の知り得る、小さな世界の中の物に、置き換えてしまうと、大変な恥をかくとつくづく教えられた。

それほど、ぼくんちやサッチャンちとフミちゃんちとでは、文化度に大きな開きがあったのだ。
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小学生2~3年生の頃、確かに、誕生日会ってやったよねぇ❢
何か?一時期、誕生日会をやるのが流行ってたみたいで
忘れもしません、私も狭い六畳一間の間借りの家で誕生日会やりました。
同じ組の親友のハナ垂れケン君と美熟女❢
違った❢当時は、まだ、熟女までは、いってなかった。
同じクラスの美人ベスト5が私の誕生日を祝ってくれました。
でもねぇ❢
後々から分かった事なんだけど・・
ハナ垂れケン君が来るから、美人ベスト5が来たそうなぁ❢
確かにケン君は人気があったけど、
私は3番人気だった事が分かり、
ハナ垂れモもっち、少し傷ついた誕生日会でした。
3番だけに、とんだ3枚目だったよぉ⤴
あらら、囮になっちゃったってぇわけでしたかぁ。
でも最後の最後に、「姫」という大当たりを引き当てたんだから、それでいいじゃあないですか!
なんと、お母さんを「お母様」と呼ぶなんてまるで別世界だわぁ。私が子供の頃に、パパ ママと呼ぶ子もいたんだろうかぁ???
家なんて、「父ちゃん、母ちゃん」でしたよ。
富山の薬売りさんの薬箱に
このような薬が入っていたとは
気がつかなかったです。
そう思うと そこから 貝合わせを連想するなんて 凄いことですよね。
京都に出かけた時に貝がらのお花にひかれて舞妓さんの京紅を買い求めたことがあります。
貝殻だって、立派な容器になっていたんですものねぇ。
そうですよね。
大切に再利用されていたんですよね。
紙石鹸も憧れでしたよ。
おやつを買ってしまうと
1日の子供のお小遣いでは買えなかったような気がします。
懐かしいです。
きっと 心から喜ばれたんだと思います。
女の子たちって、紙石鹸を大切に大切に持ってましたものねぇ。
それに引き換え男坊主どもは、腕白盛りで美しいものや綺麗なものにゃあ見向きもせずに、真っ黒になって遊びからかしていたものです。
フミちゃん お嬢様だったんですね!
私も小学生の頃の友達二人ほどがお嬢様でした。
自分の部屋があって ベッドもあり 床にはフワフワの絨毯 漫画の単行本がズラリ。1階には ビリヤードが。
もう一人の子は お寺の一人娘。誕生日会に招かれた時 ひとりずつにオムライスが…。
初めてオムライスを知った日となりました。
顔も家庭も文化も 誰一人として同じ人はいないのだ( ◠‿◠ )
確かぼくも、オムライスは友達の家でご相伴にあずかりました。
なんてハイカラな家だろうって、ちょっぴり羨ましくも感じたものでした。