「昭和懐古奇譚~万能ちり紙は徳用便所紙」(2014.10新聞掲載)

「万能ちり紙は徳用便所紙」

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「ハンカチとちり紙、持った?」。

それが毎朝ぼくを学校へと送り出す、母の「行ってらっしゃい」代わりの台詞だった。

ちり紙とは、昭和半ばまでの、粗悪品のトイレットペーパー兼鼻紙。

時には近所のオバチャンたちが、お駄賃代わりの飴やあられなどを包む、懐紙代わりにも用いられたものだ。

その名も別名「便所紙」。

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やや灰色がかったガサガサした紙で、往復はがきを開いたほどの大きさ。

何百枚かのちり紙が重ねられ、それが紙のテープで縛られているだけで剥き身のまま。

おまけに新聞紙などの古紙再生品であり、製造過程で古紙が溶けきらず、新聞紙の切れっ端しがそのまま漉かれていた。

だからボットン便所にしゃがみ、便意が催すのを待つ間、その新聞の切れっ端しを拾い読みし、どんなニュースなのやらと想像を巡らせたものだ。

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それと果たして因果関係があるのか無いかは分からぬ。

しかし子どもの頃から本屋に入ると、なぜか必ず便意を催してしまう。

だからお目当ての本も見付けらず、スタコラサッサと家へ飛んで帰り、何度便所に駆け込んだやら。

しかもそれは大人になった今でも続く。

ある時その不快な現象は、ぼくだけかと訝しく思い、周りの者に尋ねてみた。

すると驚くなかれ。

同年代以上の者には、同様の体験を持つ者が結構いるではないか!

そこでぼくはピンと来た。

新聞紙の切れっ端しがそのまま漉き上げられていた、粗悪なちり紙の放つ、あの独特なインクの匂いが、便意を促させいたに相違ないと。

しかしぼくの探究心はそこまで。

未だ解明など出来てはいない。

と言うよりも、その難問を解明したところで、どれだけ人類に貢献出来るかと問われれば、無論ips細胞の比で無いことくらい自ずと察しが付く。

毎朝母がポケットにねじ込む、四つ折りのちり紙。

ある日、隣の席の女子から「ねぇ、鼻紙持ってる?」と尋ねられた。

どうやら朝から鼻風邪のようで、自分の鼻紙を使い果たしてしまったとか。

「うん、ちょっと待って」。

ぼくは慌ててポケットからちり紙を差し出す。

すると「嫌だあ、何これ!便所紙やない!こんな汚らしい物で、洟をかめって言う訳?」と、彼女は人の親切を仇にした。

まあ確かに、女子が愛用する鼻紙は、白くて薄い和紙のような紙に花柄が描かれ、ほんのり淡い香りのする気品のあるものだ。

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それに引き替え、母が特売品を漁った徳用の便所紙では、そもそも端から歯の立つ相手ではなかった。

「ちょっと!何しとるの、だらしない!これで拭いときなさい」。

父の病床で付っきりの看病をする母と、カップ麺で夕餉を取っていた時だ。

ぼくの口元に垂れた出汁を見咎め、何でも詰め込まれたバッグから、母がちり紙を取り出した。

それは紛れも無い、子どもの頃から使い慣れた、灰色の便所紙ではないか!

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しかし母の好意を無にすることも憚られ、それで口を拭った。

たちまち若き日の両親と過ごした、20年も前のあの噎せ返る香りがした。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「昭和懐古奇譚~万能ちり紙は徳用便所紙」(2014.10新聞掲載)」への14件のフィードバック

  1. 我が家ではここ数年
    ○ス○コのトイレットペーパーに変わりました。
    中々、お尻に優しく、尻触りのイイ⤴トイレットペーパーです。
    何でも、身体に優しいのはイイよねぇ⤴
    特に、若い頃と違ってジジィになって来るとねぇ!
    オカダさんも私みたいなジジィに優しくしてよぉ!
    っても、二つしか変わらないけどさぁ⤴
    まぁ~⤴残りわずかな人生・・
    人に優しくしようよぉ!
    あ~ぁ⤴今日はエエ事言ったねぇ
    ぐっすり眠れそうだぁ!

    1. いつでもどんな時でも、やさしくいたいものだと、博愛の精神に憧れますが・・・。
      ついついやさしくしたい気持ちを感情が飛び越えてしまうこともあり、心を痛めながら反省することもたくさんあります。
      まだまだ修行が足りないんでしょうねぇ。

  2. むかしの落とし紙は、お尻を拭くと出血したものでした。でも、いまのトイレットペーパーに比べればかつてのソレは粗悪品かもしれないけど、そこはかとなくノスタルジーを感じるのは、オジイになった証拠でしょうか。

    1. だってぼくなんて、便所紙に包んだアラレや飴玉を、近所のご隠居んから何の不信感も抱くことなく、有難くちょうだいしてましたもの!
      いまの高級なティッシュペーパーじゃ、妙に引っ付いちゃってそうは行かないんでしょうねぇ。

  3. 我が家もずっと 同じメーカーのトイレットペーパーを使っています
    香りがするダブルで〜す ( ◜‿◝ )♡ 
    トイレの扉を開けた時 
    ふわっと いいニオイ ( ˘ ³˘)♥

    子供の頃 竹で編んだ脚付きのカゴに グレーっぽいチリ紙が 10センチくらい積み上げてありましたね (◉‿◉) 
     

    1. そううそ、風で飛ばされないようにわが家では一番上に、そこらへんで拾った拳大の石が重しとしてのせられていたものです。

  4. 近所のスーパーでは まだ販売されてますよ。高齢者の方が多いからかな⁈
    中学生の頃 九州に帰ると 祖父母の家ではまだちり紙が置いてありました。昔ながらのトイレと薄暗さと冷んやりとした空気とセットで…。
    小学生の頃は もちろん我が家も( ◠‿◠ )
    でも 普段持ち歩くちり紙や学校でのトイレでは どうだったかなぁ?

    1. あんな時代は、そんな家庭の風景がどこにでも転がっていたものですよねぇ。

  5. 落とし紙、さすがにスーパーでも見かけなくなりましたねー!コレを入れておくのは紙の箱か、カンカンの箱やった。

    1. 当時は家々でそれぞれ家にあるもので工夫したものですよねぇ。
      あのザラザラした感覚。
      良いも悪いも忘れ難いものです。

  6. 我が家ではいまも現役です。コープこうべとコーナンで売っています。鼻紙用だけでなく、汚れたものの拭き取りをした後でもトイレに流せるので好都合です。ティッシュをトイレにいれては、詰まらせてしまう母には、チリ紙一択の方が安心ですし。
    自分も小学校の頃から、チリ紙をズボンのポケットに入れて登校していましたが、ティッシュを一枚ずつ箱から抜いてもつとふくれ上がり格好悪かったので、案外合理的なのかも。
    最近の商品の説明を見ると、「ペットの汚物掃除用にも」と書かれていました。
    「便所紙」との表現は使ったことがなく、「チリ紙」と呼んでいたはずです。
    写真にあった「高級京花紙 チャーリー」は国鉄の駅の鉄道弘済会売店で、トイレ紙として売られていて、国鉄時代はトイレに紙はついていなかったので、持ち合わせがないときは売店で買うか、都会ではコインを入れ、ガッチャンと廻す自販機がトイレ入り口にはありましたね。

    1. ようこそぼくのブログをご訪問くださいました!
      そしてコメントまで頂戴し、有難い限りです。
      確かに懐かしいですねぇ、便所紙の自販機!
      一度で使い切れなかったときは、もったいないからと、持ち帰ったものでした。
      また、ぜひご訪問ください!

      1. こちらこそ、忘れていた記憶を思い出せてありがとうございました。
        ちなみにこの白猫のついたチャーリーですが、メルカリにあったので早速購入しました。バーコードつきですから、しぶとく生き残っていたのかも知れません。
        製造メーカーもまだ健在のようです。

        1. 何かをきっかけに、幼かった頃の記憶をたどるのも、ぼくにしてみたら立派なボケ防止のようです。
          これからもお気軽にぼくのブログにお立ち寄りいただければ幸いです!

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