「昭和Nostalgia」(452)

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飛騨びと言の葉綴り~古川町・谷口充希子さん – 飛騨市公式ウェブサイト


今日の「昭和Nostalgia」はコチラ!

写真は参考

ご近所に小中学生の頃、女の子の一卵性の三つ子の同級生がおりました。

本当にそっくりで、ぼくなんて最後の最後まで、三つ子の子たちの見分けが付かなかったものでした。

写真は参考

そう言えば、三つ子の子たちの名前も、すっかり思い出せそうにありません。

ただ、例えば「由美・真美・久美」と言った感じで、一文字だけ三人とも同じ漢字が当てがわれていたように、微かに記憶しています。

当時の小中学校は、今のような少子化ではなく、1学年のクラスも多かったものでした。

だから、三つ子の一人と一緒のクラスになることはあっても、三つ子の内の二人や、三つ子全員と一緒のクラスになったことはありませんでした。

だから翌年のクラス替えの時に、また三つ子の一人と一緒になったとしても、それが前年一緒だった子なのか、はたまた別の子なのか、ぼくにはちっとも見分けが付かなかったものでした。

しかし思い返せば先生方は、よくもまぁ三つ子の子たちを見分けられたものだと、未だに感心するばかりです。

って、先生方ももしかしたらぼく同様に、本当は見分けが付かなかったのかも?

参考

そう言えば、TVアニメの「魔法使いサリー」の中にも、男の子の三つ子が登場していましたよねぇ。

こっちも一卵性なのか、三人が三人ともそっくりでした。

ちょっと調べて見ましたら、最近の三つ子の女の子たちに人気の名前は、「清那(せな)羽花(はな)萌杏(もな)」なんてぇのもあるそうです。

となると、担任の先生方は、三人の顔の見分け方にも苦慮なさることでしょうが、名前の読み方でもご苦労なさるんじゃないか?なぁ~んて、入らぬお世話を抱いてしまいましたぁ!

そんなことはともかく、ぼくと同級生だった三つ子の女の子たちは、すっかりお婆ちゃんとおなりになったのは否めなくとも、それぞれにお元気で、お幸せに暮らしであれと、心からそう祈ります!

って、ぼくだって、押しも押されもせぬお爺ちゃんなんですものねぇ!

なんてぇこったい!


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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

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