「昭和Nostalgia」(332)

「広報ひだ」の『飛騨びと 言の葉綴り』がこちらのP20kotonohaのコピー

残念ながら広報ひだの本誌は、紙面のスペースに限りがあり、掲載文は抜粋版となっております。文字数制限のないweb版も飛騨びと言の葉綴り~河合町・岡崎賢一郎さん – 飛騨市公式ウェブサイト併せてご覧いただければなによりです。

甚だ勝手な㊗飛騨市制20周年記念song「飛騨びと達の、SOYAな SOYAさ」をyoutubeにアップしました~っ!記念ムードで盛り上がる、飛騨市の雰囲気を歌い上げま~す!


今日の「昭和Nostalgia」はコチラ!

写真は参考

全国各地に点在した回転レストラン。

ぼくは昭和の終盤に名古屋と東京で、人生たったの二度だけ、こんな回転レストランを利用したことがありました。

とは言え、今となっては、どこのどなたとご一緒したのか?

いったい何を食べたのやら?

果たして美味しかったのかどうなのか?

特段感動した覚えもありません。

ただただ刻々と窓外の景色が移り変わるだけ。

写真は参考

ちょうど1周回り終える頃に、デザートとコーヒーとかが出て来たんでしょうかねぇ?

こんな回転レストランが、日本全国各地に50か所以上あったってんですから、それはそれで戦後昭和のブームでもあったんでしょうねぇ。

当時としては、ちょっぴり気取った、ハイカラな回転レストランだったんでしょうねぇ。


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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「昭和Nostalgia」(332)」への6件のフィードバック

  1. ボクも一度だけ、何処かのビルの屋上にあった回転レストランに入ったコトがあります。ゆ─っくり動いてるんデスネ!オカダさんと同じで、誰と、どういうシチュエーションで入ったのかは記憶無し。多分、それほど印象が薄かったといコトでは、、。

    1. まぁ、回転レストランは、そこで提供される料理の味そのものと言うより、舞台装置のような客席が360°回転すると言う、その仕掛け自体を享受すると言うものでしょうから、シェフ渾身の美食をゆったりと味わうと言うよりも、同じテーブルを囲んだ者同士が、移り行く窓外の景色を楽しみつつ、料理を味わい談笑すると言ったものだったように思います。
      だからなのか、今となっては、何一つとして思い出せません(汗)

  2. 今は建て替えられてしまいましたが、栄の中日ビルに回転レストランがありましたよねぇ。一度くらいは体験?(笑)したような。なんか、特別なようで気恥ずかしさを感じる年齢だったかも(^o^;

    1. 途中でお手洗いに立って、自分のテーブルに戻ろうとすると、自分が座っていたテーブルが回転して進んでいて、しばし途方に暮れたことがあったような、そんなおぼろげな記憶がありますが・・・。
      お手洗いもテーブル席と一緒に回転してたんでしょうかねぇ?
      今となっては記憶の闇の中です!

  3. 私も二十歳の頃 短大のゼミの先生と学生とで 中日ビルの回転レストランに行った事があります。
    でも 何故そのお店だったのか?みんなで行った理由は?何を食べたのか?
    ほぼ何も覚えてない…
    ただ ゆ〜っくり動いてた事だけ覚えてます(笑)

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