飛騨市の「広報ひだ」6月号「飛騨びと 言の葉綴り」が掲載されました。
「広報ひだ」の『飛騨びと 言の葉綴り』がこちらの25710.pdf (city.hida.gifu.jp)
残念ながら広報ひだの本誌は、紙面のスペースに限りがあり、掲載文は抜粋版となっております。文字数制限のないweb版も勝田萌さん(古川町) – 飛騨市公式ウェブサイト (city.hida.gifu.jp)併せてご覧いただければなによりです。
今日の「昭和Nostalgia」はコチラ!

こんなボーリングゲームに憧れたものでした。

もちろんぼくの周りでは、誰も買ってもらえるわけも無く、羨ましがるばかりでした。
当時は、律子さんや並木プロとかが人気で、TVでも引っ張りだこでしたよねぇ。
ぼくの周りの仲間たちは、そんな高価なボーリングゲームなど、端から買ってもらえるなどと誰も思ってもおらず、コカコーラの空瓶を10本集めて、それをピンに見立てて、ドッジボールをボーリングのボール代わりにして遊んだものでした。


それはそれでなぁ~んちゃってボーリングではありましたが、瓶を倒せば倒したで、また瓶をセットしなくちゃならないのが手間で、その内に飽きちゃったりしたものです。

だから誰かがストライクでも出そうものなら、「もう、や~めたぁ」ってな感じでもありました。
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ボーリング流行りましたね。「律子さん〜律子さん 〜な・か・や・ま・律子さん〜」と、よく歌ってましたけど 続きが出てこないです。
コーラの瓶でなんて 今から思えば何てオシャレなんでしょう。
お洒落どころか、それはそれは手間のかかる面倒なボーリングごっこでしたねぇ。
友達の家で初めて見た時は 驚いたものです。
本棚には単行本の漫画がびっしり並んでて 最新の玩具や◯◯ちゃん人形一式や大人用のビリヤードまであって…
友達のお母さんが出してくれるお菓子も いつもおしゃれな物。
そう言えば 家も瓦屋根の…ではなくて コンクリート住宅。
全てが別世界でしたね。
そうした幼い頃のカルチャーショックって、あったものです。
ぼくにも夢ちゃん同様の経験がありました。
まさに暮らしぶりの違いに、愕然とするよりも世にも不思議なものでも見るかのように、あっちこっちキョロキョロしてばかりでしたぁ!