飛騨市の「広報ひだ」6月号「飛騨びと 言の葉綴り」が掲載されました。
「広報ひだ」の『飛騨びと 言の葉綴り』がこちらの25710.pdf (city.hida.gifu.jp)
残念ながら広報ひだの本誌は、紙面のスペースに限りがあり、掲載文は抜粋版となっております。文字数制限のないweb版も勝田萌さん(古川町) – 飛騨市公式ウェブサイト (city.hida.gifu.jp)併せてご覧いただければなによりです。
今日の「昭和Nostalgia」はコチラ!

19歳の頃か20歳の頃かに、こんなインベーダーゲームが一世を風靡したものでしたねぇ。
特にこんな暑い暑い夏の日は、喫茶店のテーブルを兼ねたインベンダーゲーム機の席に陣取り、100円玉を10枚ほど積み上げ、「レイコー」を啜りながら、夢中で愉しんだものでした。

ところがあまりの人気で、インベーダーゲーム機のテーブルは満席!

席が空くまでテーブル席の傍らに立ち、他の客のスティック裁きを盗み見たりしたものでした。
ところがどの客も、インベーダーゲーム機のテーブルの上に、100円玉を堆く積み上げ、まったく席を立とうともせず、長い間席が空くのを待たされたものでした。

娘がTVゲームを始めたころ、ついでにぼくもインベーダーゲームのソフトを、思わず大人買いしちゃったくらいです!
娘に頭を下げ、ゲーム機本体をお借りして、夜な夜な昔を懐かしみながら、ピューンピューンとやった記憶が!
きっと皆さんも、インベーダーゲームに現を抜かされたこともあったのでは?
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職場の仲間とバスでスキーに行った時に挑戦しました。笑えるくらい下手だったので笑いながらゲームをしていたら あっとゆう間に終わってしまいました。
あのインベーダーゲームの音が今でも思い出せるから不思議ですね。
それから、スキーをしてると 日に焼けるから厚化粧をした方が良いと言われて みんな真っ白けにお化粧した事を思い出しました。懐かしいです。
インベーダーゲームは、難しかったです!
ぼくも一面クリアーするのに、随分100円玉をつぎ込んだような?
まぁ、やりますわね。
軍資金に限度がある身なので、
やってる人のを見てた時間の方が、
相当長かったですがね。
色んな攻略法が話題になり、
”名古屋打ち”なんて技を身に付ければ、
100円で永遠に遊べましたしね。
中には中古の機械を買って、
家の物置で商売してる人までいたからなぁ。
それでもお客さんはいっぱいでさ(笑)
ウラ技も横行して問題にもなるし、
世間がインベーダーに乗っ取られちゃった時代でした。
あのインベーダー狂乱時代は、まさにバブル狂乱の前触れだったのかもねぇ!
高校の帰り道にありました!ボクはそれほどのめり込みませんでしたが、大繁盛していて、そのうち高校から出入り禁止の通達が、、、。
後年、喫茶店のテーブル兼ゲーム機になっているのを見ました~!
昭和人は多かれ少なかれ、それなりに影響を受けたほど、一大ブームが巻き起こってましたものねぇ。