飛騨市の「広報ひだ」6月号「飛騨びと 言の葉綴り」が掲載されました。
「広報ひだ」の『飛騨びと 言の葉綴り』がこちらの25710.pdf (city.hida.gifu.jp)
残念ながら広報ひだの本誌は、紙面のスペースに限りがあり、掲載文は抜粋版となっております。文字数制限のないweb版も勝田萌さん(古川町) – 飛騨市公式ウェブサイト (city.hida.gifu.jp)併せてご覧いただければなによりです。
今日の「昭和Nostalgia」はコチラ!

昭和半ばの女子は、なかなかどうして、勇ましいお転婆娘も多かったですよねぇ。
路地裏の道路や公園だろうが、お構え無し!

どこにでもあるこんな輪ゴムを繋いで、1本のゴム紐にして、それがゴム飛びの道具に早変わりしたものでした。

仲間が多ければ、ゴム紐の左右を二人でピーンと張って、仲間が少ない時は、一人が片方のゴム紐の端を持ち、もう片方は電信柱やら垣根の桟なんぞに縛り付け、何処であろうがお構いなしにゴム飛びが始まったものでしたねぇ。

中にはこんな、アクロバティックな少女もいたりしたものでした。

スカートが捲くれ上がり、パンツが丸見えになろうがなんのその!
ぼくら腕白坊主どもも、見ていないふりをしながら、姑息にもこっそり興味津々でスカートが捲くれ上がる瞬間を願ったものでした。
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ゴム飛びかぁ~(*^▽^*)
これは女子の独壇場だったね。
輪に入れなかった。
圧が凄くて・・・(笑)
かなりアグレッシブね飛び方してたし、
ゴムを脚に絡めて歌いながら遊んでた。
スカートが捲れてたかは覚えてないけど、
あの時代は女子も外遊びしてたんだね。
なんかさぁ華があるよね。
男子はというと、
” 馬のり ”
これはやりにやった!
色気がないね(笑)
馬乗りもやりましたねぇ。
でもいつの頃からか、危険すぎるとかって禁止になっちゃったんじゃなかったですかねぇ。
ぼくらの昭和は、擦り傷の赤チンが、腕白坊主の勲章でしたものねぇ。
初めは下の参考写真のように 結んでましたけれど 誰かが 黄色い上の参考写真のように ギュッとする前に輪ゴムを入れる方法が丈夫で綺麗とゆう事で 流行りました。欠点は重さでしたけどね。
子どもながらに情報収集して、より良い遊び道具を工夫したんでしょうねぇ。
誰が考えたんでしょうね?
ゴム飛び 大好きな遊びのひとつでした。
いろんな飛び方があって まるで走り高跳び?っていうような飛び方もあったし ちゃんとスカートを押さえながらの飛び方もあったんですよ。
そう言えば 小学校の放課の時間には ゴム飛びをしなかったような…
ドッチボールばっかりしてました。男女混合で。
ドッヂボールぼくもやりましたねぇ。
みんなでワーワー言いながら!
今だったらあんな過激な運動量のドッヂボールなんて、ものの3分でも無理かもしれません。トホホ