『尾張名古屋の珈琲茶論(コーヒーサロン)』⑭

甚だ勝手な㊗飛騨市制20周年記念song「飛騨びと達の、SOYAな SOYAさ」をyoutubeにアップしました~っ!記念ムードで盛り上がる、飛騨市の雰囲気を歌い上げま~す!


「どうしても主人は、『熱々のまま食べてまいたいで、ステーキ用の鉄板に盛って出したろまい』って」。

昭和35年、ついに名古屋メシの元祖の一つ、鉄板盛りイタリアンスパゲティがこの店から産声を上げた。

写真は参考

それから半世紀、静江さんは今もフライパンを振り続ける。

静江さんの顔の皺は少なく、お歳の割に艶々のピッカピカ。

半世紀に渡って炒め続けた、スパゲティの跳ねた油のご利益か。

あまりに顔の色艶も良く、お元気ゆえついつい不躾にも、いつまで厨房に立ち続ける気かと問うた。

すると「そんなもん、命ある限りに決まっとるわさ」と、高らかに笑い飛ばした。

喫茶ユキには、昔からモーニングサービスなどない。

写真は参考

だが半世紀前から、鉄板も味も何一つ変わらぬ、昭和半ばの鉄板盛りイタリアンスパゲティがある。(続く)

※2013年3月20日発行の記事です。

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

【蓬莱本館】2人セット
価格:3,280円(税込、送料別) (2024/2/11時点)


このブログのコメント欄には、皆様に開示しても良いコメントをドンドンご掲示いただき、またその他のメッセージにつきましては、minoruokadahitoristudio@gmail.comへメールをいただければ幸いです。

投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「『尾張名古屋の珈琲茶論(コーヒーサロン)』⑭」への6件のフィードバック

  1. これこれ!鉄板スパゲッティ!
    50数年前から食べてました。
    両親が共働きだったので 土曜日に学校から帰ると 時々二人共いない時があって そんな時は 徒歩3分の所にある喫茶店で 妹と一緒に鉄板スパゲッティを食べてました。当時の味も よ〜く覚えてます。味も然る事乍ら その喫茶店のママさんが とにかく優しくて いつも私達の事を気に掛けてくれてました。そのお陰で寂しくなかったんだと思います。
    ママさんと鉄板スパゲッティに感謝です♡

    1. まぁこの地方の昭和人にとっちゃ、鉄板スパゲティーは紛れも無いソウルフードの一つですものねぇ。
      あのちょっぴり甘い味が絶妙でした。

  2. いいじゃないですかぁ(^^♪
    モーニングサービスなどない! サイコー(^^)/
    早速ググるとありました。
    健在です。
    しかも、
    ナポリタンが有名だと。
    名古屋にあるんだなぁ。
    飾りっ気のない鉄板で出てくるんだよねぇ。
    ココを目指すのも意味のある非日常なのかも。
    楽しみがひとつ増えたでこざる。
    オイラが産まれる前からあるイタリアンスパゲティ。
    会うのが待ち遠しい。
    閉まるのが早いので要注意なり。

    1. 車道の大塚屋を少し南に入ったあたりだと思います。
      お時間が出来たら、大須のコンパル本店と鉄板スパ巡りの、名古屋旅も洒落た者なんじゃないでしょうかねぇ。

  3. 鉄板といえば 忘れられない思い出が…。
    昔 ファミリーレストランの厨房で働いてた時 注文された鉄板料理の準備をして 業務用のオーブンに入れたまではよかったんだけど 当時 まだ不慣れだったので 取り出す時にバランスを崩し 落としそうに…
    右手は 鉄板を挟む器具を持ってたから 反射的に左手で鉄板を掴み木台に乗せてました。
    その後どうなったかは ご想像にお任せします(笑)。
    寒くなると鉄板料理に加え グラタンやドリアの注文も多くなるので 毎回 慎重に且つ迅速に…をモットーに働いてました。
    でも内心は毎回ビビってましたけどね!(大笑)

    1. そいつぁーとんでもなく熱かったことでしょうねぇ。
      でもそれも、またちょっと趣の変わった思い出の一コマでしょうねぇ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です