ゆいぽおと「 長良川鉄道ゆるり旅」2011.9.13 ⑱

白鳥駅界隈「奈々ちゃん女将の(たみ)のお宿」

「一己さん、今夜のお客さんは6人やで、今日は鮎6匹お願いね」。

「おお、そやな」。

これだけを聞いていると、魚屋の御用聞きに小料理屋の女将が、まるで川魚でも注文しているかのようだ。

ところがここは何と民宿。

遅がけの朝食を終え、両足を投げ出しながら、テレビのワイドショーを眺め茶を啜っていた。

その時、お膳を片付ける女将の奈々ちゃん(70歳)が、勝手口で釣り道具の準備に余念の無い、主の一己さん(74歳)につぶやいたのが、冒頭の(くだり)である。

郡上市白鳥町の民宿さとう。

写真は参考

夫の佐藤一己さんと、奈々子さん夫妻だ。

つまり今夜の宿泊客の夕餉用に、最低でも6匹、塩焼き用の新鮮な鮎を釣って来るよう、奈々ちゃん女将が夫に促し、阿吽の呼吸で一己さんが応じたもの。

間も無く金婚式を迎えるという二人は、今でも互いを「一己さん」「奈々子」と、ファーストネームで呼び合うほどの鴛鴦(おしどり)ぶり。

「裸電球の下で、この人とお見合いしたんやて。だから暗くって、顔なんかよう見えんかったわ。でも叔母が『奈々子、オリがまんだ若かったら、絶対一緒になったぞ。背も高いし顔もええし、まるで白鳥町の小林旭や』って言いないてねぇ。その言葉を鵜呑みにしちゃって、昭和37年に嫁いで来ることになったんや」。

民宿の開業は、昭和26年。

「最初の頃は、油坂スキー場の民宿として、冬場の土日だけやったそうや。私が嫁に来た頃は、まんだ夜中に(くど)でご飯炊いとって、スキー客のお昼用におにぎり握ったもんやて。湯沸かし器なんかあれへん時代やったで、水は指が切れるほどに冷たいし、腕まで真っ赤に(あかぎれ)たもんや」。

写真は参考

まさに高度経済成長の上り坂。

週末には、愛知からのスキー客でごった返した。

「やがてダム建設や道路工事の関係者がようおいでんなってな。それにスキー客や釣客からも頼まれて、通年で民宿を営業するようになったんやて。だから工事関係の長期滞在の人なんかやと、1年近く泊り込む方もおった。もうそうなるとお互い心が通じ合うし、いつの間にか家族の一員みたいやったわ。一緒にご飯食べたり、花見に行ったり、洗濯物を一緒に干したりして」。

奈々ちゃん女将は、窓から国道を眺めながら、懐かしげにつぶやいた。

まさしく民の宿を地で行く、そんな溢れ返るほどの温もりに満ちている。

そんな民宿さとうは、1泊2食付き6800円。(2011.9.13時点)

写真は参考

「夏の夕食は、一己さんが前の長良川で釣って来た、鮎、岩魚、アマゴの塩焼きや煮魚やったり、自家製のケイチャンやったり。後は山菜や田舎料理の小鉢があれこれついて、まあ早い話、お任せやね」。

冬場は川魚に代わり、猪鍋が食卓を彩る。

「あんたも夕べ食べなはったやろ、家のケイチャン。これは、昭和40年頃から作り出したもんで、地元の人らにも人気で、わざわざケイチャンだけ買いに見えるくらいやで」。

写真は参考

カシワのモモ肉のぶつ切りに、糀味噌に胡麻、ニンニク、唐辛子、お酒、調味料で味付けたものを、キャベツ、モヤシ、ニラ、玉ねぎ、ピーマン等の野菜と一緒に、目の前で豪快に焼いて食べるものだ。

まったりとした甘さにピリ辛が交じり合い、酒もご飯も進む逸品。

「泊まられた方が夕食で食べなはって、帰りにお土産で持って帰られる人もおるほどやに」。

写真は参考

奈々ちゃん女将の民の宿では、三つ指で(かしず)き客を出迎えることなど無い。

だがそれ以上に値千金の、普段着在りのままの笑顔と真心で、何人をも出迎え包み込んでくれる。

民宿さとう/郡上市白鳥町向小駄良

このブログのコメント欄には、皆様に開示しても良いコメントをドンドンご掲示いただき、またその他のメッセージにつきましては、minoruokadahitoristudio@gmail.comへメールをいただければ幸いです。

投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「ゆいぽおと「 長良川鉄道ゆるり旅」2011.9.13 ⑱」への2件のフィードバック

  1. この店って
    どこか見覚えがあると思うけど
    オカダさんが白鳥でライブやった時の
    ひょっとして打ち上げのお店?
    だったら、オカダさん「ふきのとうの天ぷら」
    ビール片手に美味しい美味しいって食べてましたよねぇ!
    それを見て私も塩を付けて頂きましたが
    少し苦味があってとても美味しかった覚えがあります。
    こう考えてみるとオカダさんとの思い出って
    結構ありますねぇ!
    これからもオカミノファミリーの皆さんとご一緒に
    想い出作りをしましょう!

    1. 素晴らしい記憶力ですねー。
      原酒造場の蔵開きLiveの二次会でしたねー!
      よく吞みましたーっ。
      今年も2~3週間前に、郡上からふきのとうが送られてきて、さっそく天ぷらとフキ味噌で熱燗をキュ~ッと煽りましたーっ!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です