ゆいぽおと「 長良川鉄道ゆるり旅」2011.9.13 ⑭

郡上八幡駅界隈「葉なんばん」

私利私欲と、権力欲にまみれた者たちが、蠢く政界。

利益至上主義を旗印に奔走する大企業が、弱小零細の下請けを踏み潰し、平気な顔で日本を代表する優良企業でございと、のたまう財界。

そんなおぞましさに接するたび、この国に生まれたことを否定したくなってしまう。

昭和半ばのこの国に、もがき苦しみながらでも、ぼくを産み落としてくれた母には申し訳ないが。

だが一方、この国に生まれて良かったと、心の底から思える瞬間もあるから、先のおぞましさすら掻き消されてしまう。

それは四季折々に食卓を飾る、旬の食材の豊富さを実感した時である。

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秋の夕暮れ。

路地裏に秋刀魚を焼く煙が立ち込め、脂がジュージューと音を立て、旨そうな匂いが鼻先をかすめる。

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小雪でもちらつく冬の日なんぞは、凍えた体を炬燵に潜り込ませ、火傷しそうなほどの熱燗をグイッと煽り、はふはふと湯豆腐を突きたい。

待ち焦がれた春のご馳走は、コゴミやコシアブラの山菜の天ぷらに限る。

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揚げたての衣に包まれた春の苦味が、寒さで強張ったままの体を、本能的に目覚めさせてくれるから、こいつが堪らない。

茹だるような暑さの夏は、鰻屋の店先から忍び寄る、蒲焼きの匂いに思わず眼が眩む。

それにしてもまあ、並べたくったものの、見事に安上がりな物ばかりではないか。

育ちが知れるとは、まさにこのことである。

「そうやて、人間そんで十分なんやて。そんなもん、上見たらキリがあれへん。わしの若い頃なんて、徹夜踊りで踊り明かした後は、一目散に家へ飛んで帰って、冷や飯にこの葉なんばんをのっけて、茶ぶっかけて啜り込んだもんやて。どっこい、こいつがまたあっつい夏の日には最高なんや。そりゃあもう、何杯でも飯が入ってくんやで」。

郡上市八幡町大手町の時代屋大國(おおくに)、二代目主の大坪順一さんが、(しわぶ)く声を張り上げ笑った。

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郡上周辺で、古くから郷土の味として伝わる、「幻の味葉なんばん」。

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唐辛子の葉と実を、秘伝の製法で煮上げた逸品だ。

順一さんは八十路を回った今も、三日に一度の割で葉なんばんを作り続ける。

「『葉なんばん』を作るようなったんは、平成に入ってからや。それまでは、出張披露宴の料理屋やっとったで。ところが昭和58年に、喉頭癌が見つかって、それから2年ほどは闘病生活の毎日やわ。そんな頃に年寄りらから、山菜料理や郷土料理を教えてもらったのがきっかけやて。昔からここらのもんは、唐辛子を南蛮って呼んどったもんで、唐辛子の実も葉も一緒に煮るで「葉なんばん」や」。

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幻の味と冠された「葉なんばん」には、長良川の清流で育った有機栽培物の、辛い中に甘さが宿る八房唐辛子や、テンツキ(赤唐辛子の郡上弁)を使用。

徹夜踊りの終わった、8月下旬に収穫される地物である。

「それを一旦冷凍保存しといて、3日毎に煮詰めて瓶詰めにするんやて」。

もちろん添加物や保存料は一切使わぬ、郡上生まれの郡上育ち、生粋の天然食だ。

「まあ1回食べたら病み付きやて。見た目がドスグロいで、最初見たときはびっくりするやろが」。

順一さんの言葉を思い出し、家に帰って炊き立てのご飯の上に載せ、さっそく一口頬張って見た。

コクのある醤油味が口中に広がり、ご飯と共に葉なんばんを噛みしめるたび、唐辛子のピリリとくる、心地よい刺激が舌の上で踊る。

確かに、どことなく懐かしさを覚える味と、この刺激はやはり曲者だ。

結局この日は、他のおかずに手を付ける余裕もなく、ご飯だけを3杯も立て続けに貪り食ったほどだ。

郡上の地を訪ねられたら、まず何は無くともこの葉なんばんを、騙されたと思って一度賞味されたし。

時代屋大國/郡上市八幡町大手町

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「ゆいぽおと「 長良川鉄道ゆるり旅」2011.9.13 ⑭」への8件のフィードバック

  1. 秋刀魚、もう2年以上は食べてない
    不漁続きで高級魚になって中々食卓に並ばなくなった。
    子供の頃、秋になると焼き秋刀魚に大根おろし
    必ずと言って良いほど食べていたけど!
    缶詰の秋刀魚のかば焼きすら高価で手が出ない
    この先、旬の食べ物なんて食べられなくなるかも?
    こうなったら田舎生活で
    自給自足の生活するしかないのか?
    やれば出来る!精神でねぇ!

    1. 旬の物って、ほんのちょっとでも良いので、やっぱり食べたいものですものねーっ。
      でもさすがにこの年になってからの自給自足は、並大抵の事じゃないんじゃないでしょうかねーっ。

  2. 春夏秋冬、その土地にある季節のものをいただく幸せがええですね。齢71になって、とくにそう思うようになりました。かつて、新潟県の、上越市に単身赴任していた折、漬物の美味さに舌を巻きました。あの辺りは発酵食品の宝庫なのですよ。すこし北に行った長岡市山古志地区と魚沼地区で多く作られている神楽のような形をした「かぐら南蛮」はピーマンのように肉厚で、お漬物に加工して売ってます。本当に辛いのは種とその周りの白い綿の部分です。肉厚の身は辛さの中に旨味があるのが特徴です。ほかに、岩の原ワインや妙高市の「かんずり」などが発酵食品として有名です。日本酒も有名です。

    1. へぇーっ、ぼくは残念ながら「かぐら南蛮」も、岩の原ワインや「かんずり」も存じ上げませんでしたーっ。
      ネットで検索して見よ~っと!
      なんだか体に良さそうですよねーっ。

  3. こんにちわ。多くの食材の価格や燃料費も高騰して、大変です。大きく変わるのは良いほうではなくて…。
    会席料理は言わずもがな、秋刀魚や豆腐さえも高くなっていきます。猫の額ほどの畑で、食物を密集栽培しようかと本気で考えています。

    1. 自分で育てた野菜は、愛情いっぱいで、それはそれは美味しいですよねーっ。
      ぼくは3年連作で、今年も小さな小さな天突き南蛮が収穫できました。

  4. 美味しそうですね。
    味噌ピーマンを幼馴染のお姉さんに頂いた時はオカダさんのような感じで食べました。
    「ティースプン一杯くらいをご飯に乗せてたべやあね」って言われてあまりの美味しさにおかわりをしました。疲れが一気に取れるくらい美味しかったので作り方を教えて貰って作ったら 一日中 甘い香りの手になりました。 作り方は「ピーマンを5ミリくらいに刻み 麹に色のついたお砂糖に 本みりんに醤油で もし 人にあげる時はこんな色やから 入っている調味料も書いた方が良いよ」と教えてもらいました。次はピーマンの代わりにテンツキ南蛮を入れて作ってみます。

    1. ご飯のお供にゃあ最高ですよねぇー。
      もちろん日本酒のアテとしても。
      深味のある味わいがなんとも心地よくっていいものです。

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