深戸駅界隈「汽車が来るまでもう一曲~駅舎のカラオケ喫茶」
どこからどう見たところで、駅であることに違いはない。

だがどこかが違う。
既に土曜も深夜の十一時。
とっくに終電も行き過ぎたというのに、駅舎から仄かに明かりがこぼれだしている。
駅員がうっかり、電気を切り忘れたのだろう。
だがそれにしても、妙に気になる。
なぜだろう。
そう思ってもう一度、駅舎の南側を東西に延びる国道まで戻り、駅全体を俯瞰して見ることにした。
静かな山裾と長良川に挟まれた小さな集落が、真っ暗なしじまの中にぼんやりとその輪郭を浮かべている。
まるで集落がひっそりと、駅に寄り添うように。
こじんまりした駅前広場は閑散とし、置き忘れられた自転車だけが、首を長く伸ばしじっと主の帰りを待ち侘びる。
月明かりにぼんやり照らし出された駅。
改札から向かって右側半分は、どこででも見かける駅の風景に相違ない。
だが問題はその反対側だ。
つまり改札に向かって左側。

駅員の執務室兼、乗降客の待合いのような駅舎の方である。
駅舎正面には、古びた「ステーション深戸」の看板。
ガラスドアの向こうから、かすかに艶めかしい、怪しげな灯かりがこぼれ出しているではないか。
怖いもの見たさも手伝い、歩を進めガラスドアの隙間に耳を当てた。
するとあろうことか店内からは、情感たっぷりに小節を利かした艶歌が、聞こえて来るではないか。
まだそれだけでなら、大音量の有線放送かと思えるはずだが、歌声に合わせ手拍子やら、愉しげな囃し声まで上がる始末だ。
もはや尋常な様子とは言えまい。
こうなっちゃあ、止むを得まい。
しがない物書きの習性か、或いは単なる野次馬根性か。
どうにもその実体に迫らずにはいられない。
そんな無用の責任感が、ついつい頭をもたげてしまう。
勇気を奮い立たせ、ガラスドアを押し開けた。
すると入って右側の舞台では、年輩の着物姿の女性が、七色のスポットライトに全身を染め抜かれ、ご満悦の形相を浮かべ都はるみの「アンコ椿は恋の花」を熱唱中ではないか。

しかも舞台前のボックス席では、やはり舞台衣装か、ロングドレスをまとった年輩の女性が、かぶりつき状態で身を乗り出し、熱狂的に声援を送り続けている。
今にも紙テープでも飛び交いそうな勢いだ。
「昔は火曜と土曜の二晩、カラオケ教室もやっとったんやて。もう今は、土曜の深夜くらいしか、カラオケする人らもおらんけど」。
駅舎がそのまま店舗の、カラオケ喫茶「ステーション深戸」の、森下つるゑママ(70)は、ステージの客に向って拍手を送りながら笑った。
「昔っから夫婦二人で、飛騨牛乳を配達しとったんやて。それが平成2年にJRから長良川鉄道に変わって、駅舎が貸し出されることになったもんやで、それを店に改装したんやに。そしたら主人の演歌好きが高じて、平成4年からカラオケ置くようになって、近所のお客さん等にも歌ってもらっとったんやわ」。
平成14年にはカラオケ教室を始め、生徒も12~13人ほどの盛況ぶりに。
「平成17年まで毎月第3土曜日になると、ゲストの歌手を呼んだりして、カラオケ大会もしとったんやに」。
この小さなステージで、カラオケ大会は64回も続いた。
「このへんは田舎やで、なあんも楽しみもないやろ。だからカラオケ大会がある言うと、みんな野良着から舞台衣装に着替えて、目一杯にお化粧して。それはそれで楽しいもんやて。時折走る電車の音と、長良川の水の音聞きながらな」。
人気の無い駅には、咽び泣くような演歌の節回しが似合い過ぎる。
「ええっ?わたしは歌わんのかって?そんなもんわたしは聞くが専門。カラオケに挑戦せることは無い」。
真夜中の珈琲は、いつもよりほろ苦い大人の味がした。
ステーション深戸/郡上市美並町深戸
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カラオケ♫
全く行かなくなった。
最も、今の歌なんて、歌手名なのか?楽曲なのか?
サッパリ分からん!
その点フォークソングは分かりやすかった。
神田川♫22歳の別れ♫
もうこんな感じの歌は作っても売れないんでしょうけど・・
四畳半フォーク大好き!
オカダさん、昭和フォークのような新曲
待ってますよ~ぉ⤴
ぼくも全くもって昭和人間ですので、落ち武者殿と同感です。
それが・・・、新しい曲を書きたいとは思うのですが・・・。
果たして誰に聞いていただけるのだろうかとか、いつ歌うことが出来るのか・・・。
そんなことを考えると、1フレーズまでは浮かんで来ても、先に進んでいかなかった、これまでのコロナ禍3年間でした。
しかし!
石の上にも3年!
間もなく春一番の吹くころには、再始動いたします!
近々、皆様にもご案内できることと思います!
声が聞こえてくるような風景ですね。むせびなくような歌声。店の中の匂い。夜も更けていくステーション深戸。覗いてみたいけど、見たら最後ひっばり込まれそうな環境ですね。面白そうですね。
何だかとっても不思議なスポットでした。
それでも地域の愛好家にとっては、無くてはならない、非日常なスポットだったに違いありませんねーっ。