ゆいぽおと「 長良川鉄道ゆるり旅」2011.9.13 ⑩

深戸駅界隈「汽車が来るまでもう一曲~駅舎のカラオケ喫茶」

どこからどう見たところで、駅であることに違いはない。

写真は参考

だがどこかが違う。

既に土曜も深夜の十一時。

とっくに終電も行き過ぎたというのに、駅舎から仄かに明かりがこぼれだしている。

駅員がうっかり、電気を切り忘れたのだろう。

だがそれにしても、妙に気になる。

なぜだろう。

そう思ってもう一度、駅舎の南側を東西に延びる国道まで戻り、駅全体を俯瞰して見ることにした。

静かな山裾と長良川に挟まれた小さな集落が、真っ暗なしじまの中にぼんやりとその輪郭を浮かべている。

まるで集落がひっそりと、駅に寄り添うように。

こじんまりした駅前広場は閑散とし、置き忘れられた自転車だけが、首を長く伸ばしじっと主の帰りを待ち侘びる。

月明かりにぼんやり照らし出された駅。

改札から向かって右側半分は、どこででも見かける駅の風景に相違ない。

だが問題はその反対側だ。

つまり改札に向かって左側。

写真は参考

駅員の執務室兼、乗降客の待合いのような駅舎の方である。

駅舎正面には、古びた「ステーション深戸」の看板。

ガラスドアの向こうから、かすかに(なま)めかしい、怪しげな灯かりがこぼれ出しているではないか。

怖いもの見たさも手伝い、歩を進めガラスドアの隙間に耳を当てた。

するとあろうことか店内からは、情感たっぷりに小節を利かした艶歌が、聞こえて来るではないか。

まだそれだけでなら、大音量の有線放送かと思えるはずだが、歌声に合わせ手拍子やら、愉しげな囃し声まで上がる始末だ。

もはや尋常な様子とは言えまい。

こうなっちゃあ、止むを得まい。

しがない物書きの習性か、或いは単なる野次馬根性か。

どうにもその実体に迫らずにはいられない。

そんな無用の責任感が、ついつい頭をもたげてしまう。

勇気を奮い立たせ、ガラスドアを押し開けた。

すると入って右側の舞台では、年輩の着物姿の女性が、七色のスポットライトに全身を染め抜かれ、ご満悦の形相を浮かべ都はるみの「アンコ椿は恋の花」を熱唱中ではないか。

写真は参考

しかも舞台前のボックス席では、やはり舞台衣装か、ロングドレスをまとった年輩の女性が、かぶりつき状態で身を乗り出し、熱狂的に声援を送り続けている。

今にも紙テープでも飛び交いそうな勢いだ。

「昔は火曜と土曜の二晩、カラオケ教室もやっとったんやて。もう今は、土曜の深夜くらいしか、カラオケする人らもおらんけど」。

駅舎がそのまま店舗の、カラオケ喫茶「ステーション深戸」の、森下つるゑママ(70)は、ステージの客に向って拍手を送りながら笑った。

「昔っから夫婦二人で、飛騨牛乳を配達しとったんやて。それが平成2年にJRから長良川鉄道に変わって、駅舎が貸し出されることになったもんやで、それを店に改装したんやに。そしたら主人の演歌好きが高じて、平成4年からカラオケ置くようになって、近所のお客さん等にも歌ってもらっとったんやわ」。

平成14年にはカラオケ教室を始め、生徒も12~13人ほどの盛況ぶりに。

「平成17年まで毎月第3土曜日になると、ゲストの歌手を呼んだりして、カラオケ大会もしとったんやに」。

この小さなステージで、カラオケ大会は64回も続いた。

「このへんは田舎やで、なあんも楽しみもないやろ。だからカラオケ大会がある言うと、みんな野良着から舞台衣装に着替えて、目一杯にお化粧して。それはそれで楽しいもんやて。時折走る電車の音と、長良川の水の音聞きながらな」。

人気の無い駅には、咽び泣くような演歌の節回しが似合い過ぎる。

「ええっ?わたしは歌わんのかって?そんなもんわたしは聞くが専門。カラオケに挑戦せることは無い」。

真夜中の珈琲は、いつもよりほろ苦い大人の味がした。

ステーション深戸/郡上市美並町深戸

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「ゆいぽおと「 長良川鉄道ゆるり旅」2011.9.13 ⑩」への4件のフィードバック

  1. カラオケ♫
    全く行かなくなった。
    最も、今の歌なんて、歌手名なのか?楽曲なのか?
    サッパリ分からん!
    その点フォークソングは分かりやすかった。
    神田川♫22歳の別れ♫
    もうこんな感じの歌は作っても売れないんでしょうけど・・
    四畳半フォーク大好き!
    オカダさん、昭和フォークのような新曲
    待ってますよ~ぉ⤴

    1. ぼくも全くもって昭和人間ですので、落ち武者殿と同感です。
      それが・・・、新しい曲を書きたいとは思うのですが・・・。
      果たして誰に聞いていただけるのだろうかとか、いつ歌うことが出来るのか・・・。
      そんなことを考えると、1フレーズまでは浮かんで来ても、先に進んでいかなかった、これまでのコロナ禍3年間でした。
      しかし!
      石の上にも3年!
      間もなく春一番の吹くころには、再始動いたします!
      近々、皆様にもご案内できることと思います!

  2. 声が聞こえてくるような風景ですね。むせびなくような歌声。店の中の匂い。夜も更けていくステーション深戸。覗いてみたいけど、見たら最後ひっばり込まれそうな環境ですね。面白そうですね。

    1. 何だかとっても不思議なスポットでした。
      それでも地域の愛好家にとっては、無くてはならない、非日常なスポットだったに違いありませんねーっ。

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