「昭和懐古奇譚~銭湯の番台に咲く姥桜」(2019.4新聞掲載)

「銭湯の番台に咲く姥桜」

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「お婆ちゃん、大人一人、子ども一人ね」。

母は女湯の暖簾を潜り、引き戸を開けると番台にチョコんと座った、お婆ちゃんに小銭を手渡す。

「そういやぁあんたとこのミノ君、今日は小学校の入学式やったんやなぁ。おめでとう。しっかり勉強するんやよ」。

そう言うとお婆ちゃんは番台から手を伸ばし、白い封筒に新聞社名の入った、二本入りの鉛筆を差し出した。

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「あらお婆ちゃん、そんな入学祝いなんて・・・。ありがとう」。

母はぼくの頭を手で抑え、「ありがとう」の言葉を添え、深々と頭を下げさせた。

我が家が内風呂になったのは、ぼくが小学3年になってから。

だからそれまでは、母に手を引かれ、近所の銭湯の女湯のお世話になったものだ。

でもひと月に一日二日は、父に連れられ男湯に浸かった。

何でひと月に一日二日、男湯なのかと幼いながら疑問に感じたものだ。

その朧げな疑問が判明したのは、中学に上がった年の保健体育の時間だった。

「そうか!そう言うことやったんや」と、男女の生理的な隔たりに、妙に納得したのを覚えている。

「ねぇねぇお父ちゃん。今日は何でお母ちゃんは、後からお風呂行くって言うの?」。

男女の生理的な違いを露知らぬぼくは、そんな質問を父に浴びせ、父を困らせたものだ。

その都度口下手な父は、答えに窮しながらも「お母ちゃん、今日は仕舞い湯がええんやと」と、言葉を濁すのが精一杯であった気がする。

お風呂に浸かり体を洗い、脱衣場へ上がれば、爺様からオッチャン、そしてぼくら男坊主どもも、番台の正面に据え付けられた白黒テレビに、みな素っ裸のまま釘付け。

ちょうど脱衣場の男湯と女湯を隔つ、壁の上にテレビが据え付けられていた。

爺様もオッチャンも、そしてぼくら男坊主どもも、テレビに映し出されるプロレスラー豊登の姿を真似、両足を肩幅ほどに広げ、両腕を広げた姿勢から胸元でクロスさせ、脇の下でカッポーン、カッポーンと良い音を鳴らしたものだ。

番台のお婆ちゃんは、そんな男どもにゃ無関心。

せっせと毛糸の編み棒を繰っていた。

ある日のこと。

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番台にお婆ちゃんの姿は無く、お爺ちゃんが男湯の方に顔を向け、居心地悪そうに座っているではないか?

すると銭湯代をお爺ちゃんに手渡しながら、お父ちゃんが問うた。

「爺様、お婆ちゃんどこぞ具合でも悪いんか?」。

すると「ああ!昔看板娘やった家の姥桜か!今日は孫んたーと、姥桜が夜桜見に行っとんやて」と。

「でもたまにゃあ爺様、番台座るのんもええもんやろ。目の保養にもなるし」と、心なしか羨まし気なお父ちゃん。

「わしも、いっぺんでええで、番台に座れるもんなら座ってみたいもんや」。

お父ちゃんが爺様を茶化す。

「馬鹿言うんやない。そんなもんうっかり女湯をボーッと見とってみい、『キャーッ、いやらしい、この助兵衛じじい』って、言われるのがオチやで、こうして狭い窮屈な番台に座って、体ごと男湯の方に向けとらんなんのやで、わしかて誰かに代わってまえるもんなら、代わってまいたいもんやて」。

爺様はそう言いながら、石鹸箱を取る振りをして、一瞬こっそり女湯を確かに覗き見た。

「まあ、ゆっくり温まってってな」。

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爺様は、ぼくらに見咎められたと気付いたようで、照れ臭そうにその場を取り繕った。

今年も一年、ブログをご訪問下さり、誠にありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。

どうぞよいお年を!

このブログのコメント欄には、皆様に開示しても良いコメントをドンドンご掲示いただき、またその他のメッセージにつきましては、minoruokadahitoristudio@gmail.comへメールをいただければ幸いです。

投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「昭和懐古奇譚~銭湯の番台に咲く姥桜」(2019.4新聞掲載)」への13件のフィードバック

  1. 銭湯懐かしいです。帰りにフルーツ牛乳飲んで帰った幼い日を思い出しました。そう、京都のホテルに宿泊した時銭湯の券をもらって久しぶりに銭湯入って栄養ドリンクもらったことを覚えてる。エコを推奨してるホテルで比較的良心的な価格で土曜に宿泊しました。

  2. 大晦日
    今日は一年を振り返させて頂きます。
    やはり一番は、長引く新型コロナウィルス
    未だ収束の目処が経たぬまま2年が過ぎて・・
    「オカダさんのほろ酔いライブ」も見通しが経たず❢
    オカミノファミリーの皆さんの顔も薄っすらと消えつつある今日この頃❢
    オカダさんの顔もブログの最初に出て来る。
    サングラスをして指をさす❢顔・・しか・・
    と、まぁ~⤴
    オカダさんには、この一年数々の失礼なメッセージばかりで
    大変申し訳ありませんでした。
    来年は「寅年」だけに
    何事にも「トラ」とらわれずにマイペースで・・
    要は変わらずに
    「ありのままの~♬」ヤマもモで行きたいと思います。
    一年ありがとうございました。
    来年も変わらず、ご・ひ・い・き・に

    1. 来年こそは、小さな小屋でほろ酔いiveを実現したいと思っています。
      まあ、ぼくも落ち武者殿同様に、のらりくらりと頑張り過ぎずに頑張ろうと思っています。

  3. 今年も、私の拙いコメントに返信して頂きありがとうございました。来年は、本物のオカダさんに会えますように心から願ってますよぉ⤴️飲み過ぎに注意⚠

    良いお年を(•ө•)♡

  4. 学生時代に銭湯の番台に上がりたかったです。学生街の中にあった銭湯やでバイト料格安でもええで、と思いましたが交渉など出来ませんでした。オカダさんが記載されておられるように、いくつかお世話になった銭湯の番台は中年から高齢の女性でした。
    この1年間、ノスタルジックな気分に浸らせていただき深謝です。ありがとうございました。どうか、良いお年をお迎えください。

    1. 記憶を遡って見るのも、心の小旅じゃないのかなって思えてきます。
      新しいモノやコトより、懐かしさに浸るのが今一番の贅沢な瞬間だと、年老いたぼくには思えてなりません。

  5. 銭湯ではありませんが、今 2年ぶりに
    小さな怪獣君と ★いい湯だな〜★
    ( ◜‿◝ )❤  そして紅白歌合戦 ♪♪♪

     
     良いお年をお迎えください ❣️

    1. それは素敵なお正月となりましたねぇ。
      元気がなにより。
      ハートさんにとっても素敵な一年となりますように。

  6. 一年の始まりに銭湯に行くっていうのも 乙なものかも知れませんね( ◠‿◠ )
    2022年 始まりました。
    どんな年になるのかなぁ〜
    オカダさんや皆さまにとって 素敵な一年になりますように♡
    今年もよろしくお願い致します。

    1. 大きな湯船に浸って、銭湯の壁面の富士でも眺めたら、初夢に一富士二鷹三茄子が見られそうですよねぇ。
      明けましておめでとうございます。
      夢ちゃんにとっても、素敵な一年となりますように。

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