「昭和懐古奇譚~風呂上がりの天花粉」(2016.8新聞掲載)

「風呂上がりの天花粉」

参考資料

「はいっ、バンザーイして、次は回れ右!そしてもう一度、回れ右。続いて両脚を広げて!」。

これは何も、ラジオ体操などでは無い。

それが証拠に母の手には、天花粉(てんかふん)の缶とパフ。

小さなぼくは、一糸纏わぬスッポンポン。

それは汗っかきのぼくにとっての、真夏の夜の風呂上がりの恒例行事でもあった。

首の周りと脇の下、おまけに股の付け根から、一物の先っちょを母がヒョイっと指で摘まみ上げ、その裏側からお尻の谷間まで、餅取り粉に(まみ)れた大福餅のように真っ白けになったもの。

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でも天花粉塗れにされると、不思議な事に汗がスーッと引き、心なしか涼やかになった気がした。

そんなある日の事。

法事か何かで、従弟妹たちが叔父叔母に連れられ、泊まりにやって来た。

名ばかりの法事をささっと片付けると、宵の口からもう大人たちは大宴会で大盛り上がり。

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ぼくは従弟妹と縁側で花火をやったり、縁側に並んで腰掛け、スイカを頬張り種の飛ばし合いに興じたもの。

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「そろそろ子どもたちだけで、お風呂入りなさいよ!」と、頬をほんのり赤らめた母が顔を覗かせ、余所行きの言葉でそう告げた。

どうせ大人たちは、ドンチャン騒ぎの真っ最中。

「こうなりゃあ、子ども同士風呂場で水遊びだ!」ってなもんで、鬼の目を掻い潜り、水掛けっこならぬお湯掛けっこから、素潜り大会に水鉄砲と、バッシャバシャ。

「そろそろお風呂あがって、天花粉つけときなさいよ」と、これまたいつもとは違う、余所行き言葉の母の声。

それを潮目にお風呂から上がり、ぼくがいつも母に体を拭いてもらうように、小さな従弟妹たちの体を拭いてやる。

そして母の口癖を真似、天花粉の缶の蓋を開け、パフに一杯天花粉を付けながら、「はいっ、バンザーイして、次は回れ右!そしてもう一度、回れ右。続いて両脚を広げて!」と、お兄ちゃん気分でやりたい放題。

方や従弟妹の弟も妹も、お遊び気分でキャッキャキャッキャ。

仕舞にゃあ、小さな脱衣場が湯煙ならぬ、天花粉煙で霧の摩周湖状態。

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そこへもって今度は、弟や妹が天花粉(はた)きを「お兄ちゃん、やらせて、やらせて!」と泣き出したから、これまた大騒動。

ならばとパフを手渡すと、弟と妹がパフを奪い合い、天花粉をぼくの体に叩きからかすではないか!

ついに脱衣場は、ロマンチックな霧の摩周湖どころか、視界ゼロに等しいくらいの、ホワイトアウトだ。

「ウワッ!何をやっとるの、あんたら!」。

いきなり脱衣場の引き戸が開いた。

天花粉の霞み脱衣場の外へと急激に流れ出し、視界が朧げになった。

すると赤ら顔で仁王立ちの、母と叔母の顔が現れた。

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「調子に乗って天花粉叩き過ぎやわ!3人とも全身、真っ白けやないの!」と、余所余所しかった余所行き言葉はどこへやら。

いつもの鬼のような、母の言葉遣いに戻っているではないか!

「二人とも調子こいて!尻だしな!100叩きや!」と、母より凄い形相の叔母の顔。

二頭の赤鬼の怒りを露にした目に射竦められ、ぼくら三人はたじたじ。

さっきまでの、天下無敵の愉しさも何処へやら。

一糸纏わぬ真っ白けの肌かん坊で、小さくなったまま唯々項垂れるだけであった。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「昭和懐古奇譚~風呂上がりの天花粉」(2016.8新聞掲載)」への10件のフィードバック

  1. 子供の頃、銭湯へ行くと必ず、我らハナ垂れガキんちょの必需品「天花粉」
    夏には欠かせない代物ですから・・
    サラッとしてキモチがイイですねぇ❢
    歳を取った今でも、白い粉をたたいています。

    1. 最近の子たちも天花粉を使ってるんでしょうかねぇ?
      娘がまだオムツをしていた頃、オムツを変える度にパタパタと塗ってやったものでした。

  2. そう言えば、何故だかお尻に汗をかく子で、天花粉をお尻のほっペにパタパタ。今はそんな事は無いですよ、くれぐれも。

    1. 天花粉を真っ裸のまんま、パタパタパタパタと叩いてもらう時って、気持ち良かったですよねぇ。

  3. 私は シッカロールという呼び名のほうが馴染みがあります。
    小さい頃 汗をかいた後にあっためたタオルで拭いてくれて 最後は必ずシッカロールで背中や首周りをパタパタと…。
    ほのかな優しい香りと肌がサラッとする感じがいいんですよね⁈
    母は 今でも使ってます。
    昔の感覚のままだからなのか つけ過ぎの傾向があって 真っ白状態になってます。

    1. 顔中に天花粉をはたかれると、まるで鏡に映った自分が、おじゃる丸のお公家顔の様になってて、それがまた楽しくもあったものです。

  4. 私達の子供の頃は 『天花粉』 
    もちろん 使ってましたよ~ 
    今も夏はパタパタ パタパタ真っ白 !!

    息子の頃は 『ベビーパウダー』
    もちろん パタパタ パタパタ真っ白 !!

    なのに 今小学1年生の小さな怪獣君には  使ってないんですよ〰 •́ ‿ ,•̀   

    何でも 成分にアスベスト?? やらが??  良くない ❢ と お嫁ちゃんに言われちゃったんですよね〰〰 
    ( ・ั﹏・ั) 

    さっぱりして 好いのにな~ (◍•ᴗ•◍)❤

    1. 時代と共に受け継がれるものと見直されていくものとが混在してるんでしょうねぇ。
      ぼくらの時代なんて、なんの疑いも無いまま、チクロの甘味に平気で酔いしれていたのに!

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