「昭和懐古奇譚~欠けた丼鉢と、うどん屋さんゴッコ」(2016.3新聞掲載)

「欠けた丼鉢と、うどん屋さんゴッコ」

「なあ、あんたはもう、とっくの昔に忘れたんやろなあ。とうとうお母ちゃん、あんたとのあの日の約束、果たしてやれんかったけど堪忍やで」。

ぼくの結婚式を前日に控えた深夜。

隣の部屋から父の高鼾が聴える。

どうにも寝付けずビールを煽っていると、寝間着姿の母が現れた。

母と二人しみじみと、昔話を肴にグラスを傾け始めると、突然母がそうつぶやいたのだ。

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「えっ?あの日の約束…って」。

「覚えてへんか?」。

母はグラスを干して、懐かしそうに微笑んだ。

「あんたも明日から、新しい家庭を築くんやで、教えとこか?」。

母はさも意味ありげに、浮かんでは消えるビールの泡を眺めた。

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それは幼稚園の卒園式間近の事。

「きつねうどん、お待ちどう」。

ぼくは市場にあったうどん屋の、オッチャンの口癖を真似、縁の欠けた丼鉢をぶっきら棒に差し出した。

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するとすかさず、ウォンウォン!

我が家の老犬ジョンは、また始まったとばかりに、尻尾を丸めイソイそとオンボロな犬小屋へと潜り込んだ。

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そしてぼくに尻を向け、われ関せずと知らぬ存ぜぬを決め込む。

「ちょっと、あんた。またうどん屋さんゴッコか。ジョンはそんな粘土のうどんなんて、見向きもするはずないやろ!本当にたぁけやね、この子は!」と言いながら、母は欠けた丼鉢を手に取り、ふと淋しげな表情を浮かべた。

その前夜の一幕。

「お母ちゃん、なんでぼくだけ兄弟がおらんの?」。

銭湯の女湯で母に体を洗って貰いながら、ぼくはふと素朴な疑問を口にした。

すると母はしばらく黙り込んでしまった。

「そんなに兄弟が欲しいんか?」。

「うん!」。

「お母ちゃんもなぁ、お前に兄弟をつくってやりたいと思っとんやよ。でもこればっかりは、神様からの授かり物やでなぁ。そう思い通りには行かんのや」。

「だったらぼくは、お友達が一緒に遊んでくれんかったら、いっつも一人ぽっちで遊ぶしかないの?」。

今にして思えば幼子とは言え、当時の母の気も知らず、いわでもの事を口にしてしまったものだ。

「そーやなー」と、母は不意に背後からぼくを抱きしめた。

「もう少し、お母ちゃんも頑張ってみるわ」と、つぶやいた母の声は、心なしかいつもよりくぐもって聞こえた気がする。

「やっと思い出したか?」。

母は嬉しそうにグラスを手にし、ぼくの酌を受けながら笑った。

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「そのあくる年の事や。まだあんたは幼かったで、気付かんかったやろ。お母ちゃんのお腹に、あんたの妹を授かったんや。でもあかんわ、結局流れてしまった。実はお母ちゃんなあ、あんたを逆子で産んでから、子どもが出来にくくなったらしい。だからあんたとお風呂で交わしたあの日の約束、果たせず仕舞やった。ごめんな」。

母はこれまで、そうやって自らを、責め続けて来たのだろうか?

「でもぼくは、本当に一人っ子で良かったと、心からそう思ってるよ。だってお父ちゃんやお母ちゃんを、ずっと独り占め出来たんだから…」。

ぼくは涙を悟られまいと、いつもよりほろ苦いビールを煽った。

このブログのコメント欄には、皆様に開示しても良いコメントをドンドンご掲示いただき、またその他のメッセージにつきましては、minoruokadahitoristudio@gmail.comへメールをいただければ幸いです。

投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「昭和懐古奇譚~欠けた丼鉢と、うどん屋さんゴッコ」(2016.3新聞掲載)」への14件のフィードバック

  1. 何か?
    テレビドラマの一幕のような話です。
    オカダさん、もし妹が居たら、人生変わっていたと思いますか?
    私が思うに、人生変わっていたと思う!
    もう少し、要領よく世渡りをしていたかもねぇ❔
    人間の人生って、分からんもやねぇ❢
    「もしもあの時」をやり直せるのなら、と、思う事がある。
    でも、そんな時は、今度生まれ変わって来る時には
    同じ過ちをしないように・・自分に言い聞かせてます。
    島倉千代子さんが歌ってました。「人生いろいろ」ってねぇ❢
    オカダさん同年代として残り少ない人生を・・
    自分なりに生きて行きましょう❢
    その内、イイ事があると信じてねぇ❢

    1. なんだか柄にもなく今日はいいお話をされるじゃないですか!
      ぼくは負け惜しみじゃありませんが、毎日毎日イイ事がちゃんとありますよ!
      だってこうしてブログにコメントをお寄せいただいていること自体が、ぼくにしてみたらこの上なくイイ事なんですもの!

  2. 今日はオカダさんの64歳のお誕生日ですね。
    Happy Birthday (*^_^*)✧*

    私が小学校一年生の時に、若くして事故で亡くなった父の妹、つまり私のおばさんが生きていたら、私の人生は違っていたんじゃないかと大きくなるにつれて思ってきました。まあ、何がって訳でも無いんですけど。人生は、楽しまなくっちゃね⤴️

    1. そうそう、どんな時も腹から笑って、ポジティブに残りの人生生きなきゃ、この世に産んでくれた母に合わせる顔が無くなっちゃいますものねぇ!
      お祝いありがとうございます。

  3. 私は 私と双子の妹が生まれる前に 実は男の子が生まれるはずだったんです。
    昔々 お正月にお詣りに行った際 両親が供養塔に入って行ったのを見た時 恐る恐る聞いたら教えてくれました。
    お兄さんがいたらなぁ〜。
    兄妹のドラマを見る度にちょっぴり憧れたりして。
    いろんな事を相談出来ただろうなぁ。
    ねぇ聞いてよ!お兄ちゃん!ってね(笑)

    ps. オカダさん お誕生日おめでとうございます♡
    あったかくて心穏やかな一年になりますように( ◠‿◠ )

    1. お祝いのメッセージありがとうございます。
      色んな事があって、今があるって事なんでしょうねぇ。
      そしてきっとこれからも、もっと色んなことがあるんでしょうねぇ。
      どうせなら、どんな事があっても、その中に小さな楽しみや喜びを見つけ出して生きて行きたいものです。

  4. 昭和の時代が大好きなオカダさん!
    お誕生日おめでとうございます★
    ラジオのヤンスタでオカダさんのファンになり、8年目になります。
    オカダさんの弾き語りに魅了され、お誕生日のお祝いの歌を歌ってもらったり、お便りを読んでいただいたりして、毎週火曜日が待ち遠しかったです!
    今もブログを読ませていただくと、あの頃に戻ったようで、懐かしく思います。
    オカダさんの温かな思いや優しさがブログから伝わってきます♪
    お身体を大切になさり、これからもオカダさんらしく生きていってください!
    オカダさんの益々のご活躍を願っています!

    1. ありがとうございます。
      もう8年になるんですねぇ。
      感慨深いものがあります。
      これからもぼくは、のらりくらりと頑張ります!
      オータムオキザリスさんも、次にお逢いできるまでどうかお元気で!

  5.  Cheers!  オカダさん お誕生日おめでとうございます ♡(ӦvӦ。)

    今日のビールの味はいかがでしょうか?

    揚げたての 牡蠣の天ぷらとキリン一番搾り生で カンパ~イ (◠‿・)—☆

    息子も 『一人っ子で良かった』 
    って 言ってくれていますよ❣️

    1. お祝いいただき感謝です。
      ありがとうございます。

      そうでしたねぇ。
      ご子息様も一人っ子でしたものね。
      一人っ子には一人っ子ならではの、良さもちょっぴり寂しさもありますものね。
      でもしょせん、無い物ねだりなんですけどねぇ。

  6. オカダさん64才お誕生日おめでとうございます一番搾りで乾杯
    私のお兄ちゃんも生きていればオカダさんよりひとつ上で65才ですよ
    オカダさんはお兄ちゃんみたいな存在なので私はオカダさん大好きですよ✌️
    またコロナが大分落ち着いて来たのでオカダさんの歌が聴きたいです楽しみにしていますよオカダさんに会いたいです勿論皆さんにも会いたいです✌️

    1. お祝いいただき、ありがとうございます。
      この年になっても感謝ばかりです。
      またお逢いできるまで、どうかお元気で!

  7. 肝油ドロップ、ドラッグストアーでたまたま見かけて、購入したことがあります。グレープフルーツ味が出ていました!

    1. 時代と共に進化し続けているんですねぇ!
      で!美味しかったんかい!
      せっかくですから、その時の食レポもお忘れなく!

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