「昭和懐古奇譚~端っこの美徳」(2015.8新聞掲載)

「端っこの美徳」

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土用の丑の日が過ぎてしばらくすると、わが家の倹しい卓袱台にも、年に一度きりの鰻丼が「どうよ!」とばかりに登場したものである。

従って、二の丑の日がある場合は、8月もちょうど今頃。

有り難き父の給料日の後、土曜の夜と決まっていた。

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だから恥ずかしながら、「土曜の丑の日」なのだと思い込んでいて、大人になって随分と恥をかいたものだ。

それでも母は父の薄給を遣り繰りし、土用の丑の日の本番にはとても手が出せずとも、土用の期間の間に、鰻の値が落ち着くのを見計らい、食卓へと上げてくれたのだろう。

「さあ、土用の鰻やよ!」。

当時は母の苦労も顧みず、「いただきま~す!」と能天気に両の手を合わせ、勢い込んで丼の蓋を開けたものだ。

だが子どもながらにも、いつも不思議でならないことがあった。

それは鰻の切り身の数である。

父の切り身が一番多いのは当然として、次がぼくであり、母はといえば小さな尻尾の端っこが一切れ。

母はそんなぼくの視線に気付くと、「お母ちゃん、鰻苦手なんやわ」と苦笑い。

それが真っ赤な嘘だったと気付いたのは、病に伏した母の枕元だった。

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医師に呼ばれ、「何か食べたい物があるようなら、何でもお好きな物を食べさせて上げてください。あと幾日もすると、食べられなくなるでしょうから」と、そう告げられたのだ。

病室に戻ると何食わぬ顔で、母に問うた。

すると「そんなに食べれんかも知れんけど、鰻のかば焼きを食うてみたいなあ」と。

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「……ええっ?」。

すると傍らで父までもが「お母ちゃんは昔から、鰻好きやったもんなぁ」と。

慌てて鰻屋へと駆け込み、この時ばかりはけち臭い事を考える余裕も無く、潔く特上を注文し病室へと持ち帰った。

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「やっぱり美味いなあ」。

母は大儀そうに痩せ細った腕を持ち上げ、鰻を口元へと運んだ。

「ご馳走様。本当に美味しかったわ。でももうお母ちゃんよう食べやんで、あんたら食べといて」と箸を置いた。

母の通夜の席。

焼香客も粗方帰り、近しい親類だけになった時のことだった。

叔父や叔母に父も加わり、母の思い出話に花が咲いていた時の事。

叔母がしみじみと語り出した。

「和ちゃんはどんなもんも、いっつも自分は端っこばっかり食べて、真ん中のええとこはみんな、やれお父ちゃんに、ほれあんたにって。スイカも羊羹だって端っこ。魚なんて自分は、尻尾か頭やったし、キュウリやナスの漬物かて、みんな(へた)の方しか食べやんだでなあ。もちろん風呂は最後の最後。確かに私らかて、同じ貧しい時代を生きて来たでようわかる。まずは何より第一が夫で、次は子どもたちでと、何事も自分は後回しの『端っこの美徳』に生きたもんや。それにしても和ちゃんの徹底ぶりには、私らよう敵わんだけどなあ」。

叔母の思い出話が、居合わせた皆の泪を誘った。

今年も二の丑の日が過ぎた。

そろそろ値の下がった鰻の蒲焼でも買い込み、真ん中の一番肉厚な切り身でも、母の遺影に手向けるとするか。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「昭和懐古奇譚~端っこの美徳」(2015.8新聞掲載)」への10件のフィードバック

  1. ウナギね~~ぇ⤵
    数年前の話
    数日後、奥方様の誕生日だったので・・
    たまには、婿殿らしい事をしょうか!
    と、思い、以前から、各務原の鵜沼にある鰻屋さんへ行きたいと言っていたので
    その鰻屋さんに予約を・・
    早速、電話で予約
    店の方が「○○と○○後は○○で金額は○○です」
    私は心の中で「えっ?そんなに、た・か・い・のぉ⤵」
    ここは男ヤマもモだもん!
    嫁様にエエとこ見せないかん!
    一番高い鰻丼にして、追加で肝焼を注文!
    少しはエエ婿殿になったかも?

    1. ウナギはいいなぁ!
      つい鰻屋さんの店先で、炭火で爆ぜた溜り醬油の香りを嗅いでしまうと、足が止まってしまいそうになっちゃいますもの。
      だから鰻屋さんの煙が見えると、ついつい鼻呼吸から口呼吸に切り替えて、クワバラクワバラと見て見ぬ振りをして通り過ぎる様にしています。
      ちぇっ、ちっちえ小市民だなぁ、ぼくって。

  2. 女性って、大なり小なり自分の事より家族優先って所があるんですよ。そう言う所に気付いているのかなぁ⤴️男性諸君!!

  3. 先日、学生時代の友人が多治見を訪れたので鰻を食べに行きました。そこで初めて「特上」を頼みました。
    何か、特別な鰻丼かと思いきや、鰻の切り身の数が多いだけ、ということが分かって少しガッカリした次第です。
    それならただの「特盛」やん!
    その店は生前、父と一度だけ二人で入って食べたことのある思い出の店で、20年ぶりでした!

    1. 多治見とか関って、鰻屋さんが大変多い町ですものねぇ。
      さぞや目移りしてしまいそうですものねぇ。

  4. 『 ねえねえ うなぎ屋さん行く?』と
    お墓参りに行く車の中で 小さな怪獣君が 聞いてきます ❣️

    我が家では お墓参りイコールうなぎ屋さん (◠‿・)—☆ 

    笑顔でパクパク食べているのを見ているだけで 私はとっても幸せ (◠‿◕) 

    なので ついつい 私のうなぎは 小さな怪獣君や息子の丼の中に 
    はい どーぞ❣ (✷‿✷) 

    1. やっぱりそうですか!
      でもそれが母親やおばあちゃまの、子供や孫を想う心の表れなんでしょうねぇ。

  5. 母親って そういうものなんでしょうね。
    私の母親も食事の際は まず父親から。
    ご飯をよそうのも おかずを少し多くするのも。だから 自然と私もそうしちゃってます。お肉やお刺身や鰻などを切って出す時は まず真ん中の良い部分から男性陣に。一品多くしたりも。
    でも 誰も気付いてないのだ!
    まぁ何かを求めようとは思ってないからいいんですけどね(笑)
    みんなが食べ終わった後に 一人でゆっくり食べてるんで( ◠‿◠ )

    1. そういったきめ細かな情愛こそが、母の神髄なんじゃないでしょうかねぇ。

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