「昭和懐古奇譚~ハイカラなスピッツと、白足袋の雑種犬」(2014.3新聞掲載)

「ハイカラなスピッツと、白足袋の雑種犬」

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昭和半ばのあの頃は、ご近所さんらと見比べても、今ほど貧富の差は無かった気がする。

だからかどこの家でも、晩のおかずの煮物を作り過ぎたとか、天ぷらをテンコ盛りに揚げ過ぎたと言っちゃあ、仲の良いご近所中にせっせと配って歩いたもの。

そんな相身互いの精神が根付くと、ご近所のお母ちゃんたちも小狡くなる。

「ねぇあんたとこ、今日煮物?ならうちは炒め物にしとくわ」ってなもんで、互いに交換する献立が被らないよう、ちゃっかり市場で打ち合わすほど。

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しかしそんなお母ちゃんたちの、爪に火を燈す様な遣り繰りが、安月給の世の宿六どもを支えたのだから侮れない。

食べる物や着る物など、基本的な生活水準に大差はなくとも、お母ちゃんたちの年代によって、暮らしぶりは大きく異なる。

中でも鮮明な記憶として残っているのは、飼い犬の種類だ。

当時はまだ、ペットなどとハイカラな呼ばれ方もせず、ましてやペットフードも無い。

ちょっとモダンな若夫婦の家では、スピッツを飼うのが当時のブームだった。

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真っ白な毛並みで、とにかく誰彼かまわず、キャンキャンキャンキャンと鳴き散らした小型犬である。

家の母より4~5歳若く、子どももまだ小さな若夫婦の家では、それこそ猫も杓子もスピッツをこぞって飼ったものだ。

「あらまあ、可愛いわねぇ。お宅もついにスピッツ飼ったの!」と、羨ましげに愛想良く振る舞う母。

しかしその舌の根も乾かぬうちに「まったくあのスピッツと来たら、のべつ幕なしに吠え散らかして、もう五月蠅いったらあれへん!」と、母は手のひらを返したように容赦なかった。

「それに引き替え家のジョンときたら、雑種だけど大人しくってお利口さんだわ。ちょっと白足袋履いとるんだけが、玉に傷やけどな」と、ぼくを相手によく愚痴ったものだ。

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幼いぼくには、母の「白足袋履いとる」が、どうにもこうにも「白カビ掃いとる」と聞こえ、なんとも不思議でならなかった。

「まさかジョンが箒で白カビ掃くなんて出来っこ無い。とすれば、小屋の周りの土にでも白カビが生え、それを後足で蹴り飛ばすのを、白カビを掃くというのだろうか?」と。

そうなると、その現場を一目見なけりゃ気が済まぬ。

学校から一目散に帰ると、玄関脇でこっそり身を隠し、ジョンの生態観察を始めた。

しかし待てど暮らせど、そんな気配も無し。

そうこうしている所へ、お向かいのご隠居がいつものように、煮物の鉢を抱えてやって来た。

するとジョンが匂いに惹かれ、ご隠居の足元にキュ~ンと甘えて纏わり付く。

「お~よしよし。ジョンは本当にお利口さんやなあ」。

「でも白足袋さえ履いとらないいんやけどねぇ」と母。

―出た!また白カビだぁ!―

するとご隠居がジョンを抱き上げ、足の先を手で振りながら「白足袋は日本じゃ忌み嫌われるけど、英国ではホワイト・ソックスって言うて、幸福をもたらす縁起もんやぞ」と。

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忽ち気を良くする母に対し、ぼくの謎は益々深まるばかりだった。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「昭和懐古奇譚~ハイカラなスピッツと、白足袋の雑種犬」(2014.3新聞掲載)」への8件のフィードバック

  1. おはようございます。小学校低学年の頃、スピッツを家で飼ってました。社宅であってもご法度ではなかったのですね、当時は。オカダさんが仰っておられるように、よく鳴きました。しかし、うるさいのは許容の範囲内だったのでしょうか。他のお宅も犬を飼っていたためでしょうか。寛容な時代でした。しかし、一方では夫婦喧嘩や変な声が夜中にきこえて、イヤそれも何もかも含めて社宅だったのでしょう。小学校4年で、現在住む神戸町に住みました。転校当時、さみしかったので岐阜の丸物で雑種の雌犬を買ってまいました。あれから幾星霜。いまは犬と猫と老妻で家をまもっています。

    1. ぼくも犬や猫を飼いたい気持ちで一杯です。
      しかし子どもの頃とは違い、今更飼ったとしても最後までちゃんと面倒を見てやれるのだろうかと思うと、ついつい尻込みしてしまいます。

  2. 今まさに、第何回目かの?ペットブームですけど・・
    散歩していると、たまにマナーの悪い飼い主が居て
    「糞」そのまま放置!
    そんな事も出来ないのら、ペットなんて飼うな~~ぁ⤴
    と言いたくなります。
    そこで!
    と!ある?町内に・・
    大型犬ジャーマンシェパードを飼っている家がありました。
    その犬がバカなのか?飼い主がバカなのか?
    朝、早くから夜、遅くまで、まぁ~吠える!吠える!「太陽にほえろ」かぁ!
    警察犬にもなるくらいの犬だから賢いとは思うけど
    近所迷惑な話!
    そう考えると飼い主が大○カ?って言う事!
    でもねぇ!知らぬ間にバカ犬、居なくなった!
    これで平穏な町内に戻った。と思いきゃ!
    それも束の間、そこの家、今度は「猫」を飼いだした。
    長くなるので、この話はまた今度!
    一難去ってまた一難!あ~~ぁ⤵

    1. それまた困りものですねぇ。
      でもそういう、周りとの調和をはかれないお宅って、どこにでもきっとあるんでしょうねぇ。
      人の振り見て我が振り直せ!
      ぼくも気を付けなきゃ!

  3. 小学生の頃、家がお医者さんって子がクラスにいましたが、学校では特にお金持ち感も無く他の子と変わりませんでした。が、ある日、家に遊びに行って「やっぱり違うわぁ」と感じました。その子、中学受験して私立中学に行きました。やっば違うのか!?

    1. そんな昔に!
      って、それは失礼ですかねぇ?
      でもそれってまだ「中学受験」なんて、庶民は聞いたことも無かった頃のお話なんじゃあ?
      それにしても私立名門中学へのお受験ですかぁ!
      ひっえー!

  4. 中学生の頃 学校から帰ると庭に犬小屋が!その中には柴犬も!なんで〜(笑)
    私や妹に内緒で 両親が知り合いから譲り受けたとの事。数ヶ月後には 猫一匹が一ヶ月滞在。
    その時から 私は ちょっぴり猫が苦手に…。家の中を歩いてると突然猫がいるわけで。あのゴロゴロという音?に慣れなくて。抱っこした時のあの体幹がしっかりしてないような柔らかさが苦手で。
    犬や猫と生活をして 可愛い可愛いだけじゃ駄目な事もわかり 亡くなってしまう事も体験して…。
    それからは専ら お店やテレビ等で見て癒されています( ◠‿◠ )
    ちゃんと向き合ったり責任持って飼える状況ではないので。でも 可愛いんですけどね!

    1. そりゃあご両親の粋なサプライズでしたねぇ。
      普通は子どもが親にせがんでせがんで、やっとこさ渋々犬や猫を飼って貰う気がしますが、それにしても素敵なご両親ですねぇ。

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