Gifu Poem「春日上ヶ流(かすがかみがれ)古茶(いにしえちゃ)」と「昭和懐古奇譚」(2013.5新聞掲載)

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春の伊吹に誘われて 揖斐の山里子らの声

子ども歌舞伎の白塗りと 若衆たちの神輿(みこし)渡御(とぎょ)

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八十八夜別れ霜 千枚畑に茶摘み唄

春日上ヶ(かみが)()古茶(いにしえちゃ) 天へと届け(ちゃ)()供養(くよう)

「裸電球国民ソケット1号とズボラ紐」

「さあ、いつまでもふざけとらんと、もう電気消してさっさと寝るよ」。

川の字に敷かれた綿入れ布団。

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母のその一言で、父が布団から足を蹴り出し、器用に親指と人差し指を広げる。

そして裸電球から垂れ下がった紐の留め具を挟むと、足を降ろしてスイッチを切る。

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昭和半ばの我が家の一日が、そっと(とばり)を降ろしていった。

当時の茶の間の灯りは、ブリキの笠が被った、裸電球の「国民ソケット1号」と呼ばれた照明器具。

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ソケットの付け根から、30~40センチ程の紐が、垂れ下がっていたものだ。

その紐の先に、市販の専用紐を継ぎ足し延ばした。

畳から30センチほど上の位置に、留め具が届くように。

紐の先のプラスチック製留め具には、蛍光塗料が塗られていた。

布団に潜り込んでからでも、蛍光塗料で淡く光る小さな留め具を足の指で挟み、スイッチを入れたり切ったりする、すなわち「ズボラ紐」。

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しかし当然朝になれば、茶の間の中央に長い紐が、だらしなくブランと垂れ下がることとなる。

だから毎朝紐を手繰り上げ、ひとまとめに縛り直さねばならなかった。

子どもながらに、足の指一つで電燈を点けたり消したりする、そんな父の姿に憧れたもの。

「ぼくにもやらせて」と懇願するものの、こればかりは頑として「駄目だ!」の一点張り。

そうなりゃあ益々、何が何でもやってみたくなるのも子ども心。

するとある夜、願っても無いチャンスが転がり込んだ。

風呂を浴び布団に入り、いつものように父が、裸電球の留め具に、足を伸ばしかけたまさにその時。

「火事だ、火事だぁ~っ!」の叫び声。

やがて消防車のサイレンまで近付いて来た。

「どうも近所みたいやで、お父ちゃんとお母ちゃんは、バケツリレーの手伝いしに行くけど、あんたは危ないから、家の中でじっとしとるんやで」と、両親は火事場へと急いだ。

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もはやこんなチャンスを見逃す手はない。

だって布団も敷かれ、裸電球の紐も既に足もとまで垂れ、お膳立ては完璧。

まさに据え膳喰わぬは何とやらである。

「エイッ」とばかりに、短い脚を思いっきり伸ばす。

辛うじて留め具に指が届いたと思いきや、留め具は嘲笑うかのようにサッと身を翻す。

それでも苦戦の末、やっと留め具が指の間に掛かった。

ついに夢見た世紀の一瞬、固唾を飲み勢いよく足を降ろす。

しかし灯りは消えたものの、何故か指の間から留め具が外れない。

力任せに足を振り回していると、一瞬プチンと音がした。

再び灯りが燈ったまではいいが、さっきまで突っ張っていた紐がダラリと布団の上へ。

ソケットの根元から、紐が千切れているではないか。

嗚呼!万事休す。

しかも椅子を踏み台に、どんなに背伸びしようが、ソケットの根元まではとても手が届かない。

小火(ぼや)で良かったわ」と安堵したように、両親が煤だらけの顔で戻った。

しかし裸電球の惨状を知るや否や、母は再び憤怒の形相。

裸電球が煌々と燈る中、煤だらけの仁王様の説教は容赦なく続いた。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「Gifu Poem「春日上ヶ流(かすがかみがれ)古茶(いにしえちゃ)」と「昭和懐古奇譚」(2013.5新聞掲載)」への8件のフィードバック

  1. 蛍光塗料のスイッチの紐
    ありましたね~ぇ⤴
    ちっちゃな ハナ垂れモもッチは
    夜になるとボンヤリ光るのが怖くて眠れなかった覚えがあります。
    でも、段々蛍光塗料が薄くなって行くのか?
    なれたのか?気にならなくなって・・爆睡でした。
    でもさ~ぁ⤴
    子供の頃って、怖い事を妄想するって無かったですか?
    あの純粋だった子供心
    知らぬ間に消えてしまった。

  2. 付けてた付けてた我が家の電気にも。兄妹で誰か最後に電気を消すかで喧嘩に。だから、布団に寝ていて手を伸ばせば届くくらいに長〜く。

    1. みんなどこの家でもおんなじことしてたんでしょうねぇ。
      でもそのズボラな昭和時代がとっても懐かしくってしかたありません。

  3. 上ヶ流辺りは民家がひしめいています。昔の道から下がった川添いに大きな道ができました。さらに少し奥に入った六合という村にあった粕川の支流の鍋倉山に至る小さな広場にて、中学校2年ではキャンプをしました。もう今は、土石流でその地はありません。
    裸電球の温かさは当時のぬくもりなのでしょうか。LEDは省エネでも温かくありません。

    1. ぼくは今でも裸電球が恋しくってなりません。
      球が切れた電球を振ると、チリチリチリッと切れた電熱線の欠片が音を立てていたのも懐かしいものです。

  4. やってました! 妹と並んで寝る時 早い者勝ちでカシャッカシャッって 紐を引っ張ってましたよ( ◠‿◠ )
    うちは今でも 和室の電気は 紐を引っ張って電気をつけるタイプなので 時々何かに紐が引っかかって 根元から外れてしまう事が…。
    朝なら明るいから すぐ紐を付ける事が出来るけど 夜となると もう大変。
    懐中電灯で照らしながら 椅子に乗って背伸びして紐を付けなきゃいけないのだ。身長が152cmしかない私にとっては 更に見上げなきゃいけないから首が痛くなるし老眼鏡もいるし(大笑)
    家中 踏み台が必要だなんて…
    毎日 体力テストの踏み台昇降をしてるようなもんじゃないか〜〜( ◠‿◠ )

    1. 体力テストの踏み台昇降って、この年になってやらされると心臓がバクバクしちゃいそうです。

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