
鏡島大橋を少し下った先に、舟の渡しがある。

岐阜市一日市場の右岸から、鏡島弘法の左岸へ向け、片道たった2分の舟旅。

それが「小紅の渡し」だ。

舟から見る景色は、何とも浮世離れしている。
都会の喧騒は川の水音に掻き消され、高層ビルも土手が遮り、川上の金華山と岐阜城だけが悠然とその存在感を示す。

小紅の由来には諸説ある。
昔の女舟頭の名とか、紅花を栽培していたとか。
だが一番趣が感じられるのは、やはり花嫁が舟の上から川面に顔を映し、紅を注し直したとする説だ。
白無垢に角隠しの花嫁が、真っ白な小指の先で紅を注す。

ついついそんな昔日の風景と、ひょっこり出逢えそうな気がするから不思議だ。
そんな淡く切ない紅の思い出ならば良いのだが、ぼくの場合はいささか異なる。
昭和半ばの幼いぼくは、空き地で棒切れを見つければ、すぐに隠密剣士や仮面の忍者赤影になりきって、友とチャンバラごっこに明け暮れた。

中でもすっかり虜になったのは、昭和38年10月から始まったテレビ番組「三匹の侍」。

それまでのチャンバラものとは異なり、殺陣に合わせ効果音が「チャリン」「バサッ」などと被さり、これまでに無い臨場感を醸し出していたからだ。
そうなるともう、そこらの棒っ切れでは収まらない。
母にせがんでやっとのこと、鉄板を二つ折りにして刃を潰した、チャンバラごっこ専用の模造刀を買い与えてもらった。
だが母から、「危ないで外での使用は厳禁。万一、禁を犯せば刀召し上げ」と、時代がかった台詞で厳しいお達しが。
ならば狭い我が家で遊ぶほかあるまい。
ある日のこと。
友とチャンバラごっこを始めていると、母が買い物に出掛けた。
最初は三匹の侍気取りで、長門勇の「おえりゃあせんのう」を真似ながら、槍の変わりに刀を振り回し、口々に「チャリン」「バサッ」の応酬。
だがそれもしばらくすると飽きてしまう。
そんな時、ぼくの頭の中で悪魔が囁いた。
母の三面鏡の引き出しから、一本きりの大切な口紅を取り出し、それを刃先に塗りやたらめったら斬りまくったのだ。

友もぼくも、腕といいシャツといい、口紅の真っ赤な刀傷だらけ。

ガラガラガラ。
玄関から母の気配が。
だが時既に遅し。
後は推して知るべし。
母の拳骨の嵐と罵声が飛び交った。
「この渡しに乗って嫁いでったお嫁さんは、まあ生きてござらんやろ」。

鏡島弘法の参道で、昭和の始めから店を構える岐阜市古市場の甘酒屋、二代目女将の鷲崎すみさん(78)は、長良の畔に目をやった。
「戦前ここは、芸者さんを連れてお大尽遊びする人で、夜中までよう賑わったもんやよ」。
すみさんは昭和24年、19歳で婿養子を迎え二男を授かった。
「舟で一日市場へ渡って、川魚捕まえたり。子どもらは学校から戻ると、毎日カワブソ(川遊び)しよったもんやって。顔なんて真っ黒で、どっちが表か裏かわかれへん」。
すみさんが懐かしそうに目を細めた。
何故だか無性に、すみさんが麹から造るという甘酒を、冬になったら飲んでみたいと思った。

甘くてせつない母の味がするようで。

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三面鏡!
懐かしいねぇ!
子供の頃にあったけど・・
我が家には三面鏡とかドレッサーがありません!
嫁もわたしも、鏡を見る習慣がないせいだと思う
毎日、洗面所の鏡、数秒しか見ない!
まぁ~⤴
エエ男だと分かっているから鏡見る必要ないからねぇ!
確かに鏡の前に何十分も居座って、自分に自分が話しかけたりするものじゃないかも知れませんよねぇ。
まして女性なら兎も角。
口紅を使うとは中々のアイデアだけど、腕に付いた口紅は洗えば落ちるけど、シャツは大変だよ。口紅は使われるわ、シャツは洗わされるわで踏んだり蹴ったり。そりゃあ、お母さんもお怒りだわ。
子どもながらに知恵を絞ったつもりだったんですがねぇ。
その後のことまで気が回らず、その場しのぎなんですよねぇ。
小紅の渡し、の由来ありがとうございます。チャンバラごっこに御母堂様の口紅を拝借されたなんて、なんとリアルなのでしょうか!
いまもあるのですね、小紅の渡し。根尾川にも昔、揖斐川と合流する手前に渡し舟がありました。いまはもうありません。小紅の渡しに乗って見たいと、ブログを拝読して思いました。
一応「小紅の渡し」は県道の一部となるそうで、無料なんですよ!
鏡島弘法までの小旅をぜひお楽しみください。
ヘッセのシッダールダは遍歴したあと、人生の晩年を渡守として過ごしました。川の音や川面を眺めながらの生業で、やがて先人の渡守の導きもあって解脱します。オジイとなった僕が思い出した小説です。渡守、いいなぁ。
なんだか奥深い哲学的な小説なんですねぇ。
刃先に赤い紅…
ヒェ〜〜恐ろしや〜(笑)
私も小さい頃から時代劇をよく見てましたよ。
仮面の忍者赤影、水戸黄門、大岡越前etc
赤影さん格好いい!って思いながら( ◠‿◠ )
どの方も立ち回りが格好良くて ドラマの最後は 必ずスカッとして終わる感じがいいんですよね。
仮面の忍者赤影に出てくる、あのちょっとお調子者っぽかった青影がぼくは好きでしたねぇ。