長良川母情⑪(2008.11月新聞掲載)

鬱蒼(うっそう)とした檜の老木が、(やしろ)の来歴を物語る。

楼門(ろうもん)へと続く苔生(こけむ)した石組みの太鼓橋。

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(みそぎ)落しのように、古人(いにしえびと)たちはこの橋を渡り神々を詣でたであろうか。

境内から玉砂利を踏む音と拍手(かしわで)を打つ音だけが、静まり返った(もり)に響く。

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家内安全、身体健康、商売繁盛。

晴れ着をまとい願いを込め打ち出す拍手(かしわで)の数だけ、新年への庶民の祈りがあった。

美濃市洲原神社。

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美並から南へと下った長良川が大きく東へと蛇行し再び南下する。

気も遠のく太古に、ここに洲が広がったのだろう。

大自然の壮大な物語に感じ入っていると、社務所へ向かう三世代の家族連れが。

本殿を目指す年始の参拝客とは、向かう先も異なる。

どうにも気になって近付いてみれば、やっぱり。

お婆ちゃんと呼ぶには忍びないほど若い祖母が、純白の産着をまとわせた赤子を大切そうに抱いたまま社務所の中へ。

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初孫か、祖父母の顔には、晴れやかさと心持ち緊張した面持ちが同居している。

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かつて母の遺品を整理していた時のこと。

小学校の修学旅行土産に買った、京都八橋の缶箱が現れた。

既に数十年の歳月で錆付いている。

母はこんなものまで仕舞い込んでいたのだ。

蓋を開けると、古惚けた母子手帳が。

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ぼくは一人っ子だから、母にすれば最初で最後の我が子の記録だったわけだ。

黄ばんで破れたビニールカバー。

手帳全体に浮き出た幾筋もの染みは、ぼくが生きた半世紀近くの年輪のようだ。

ページをめくると、母の声がした。

「あんたは逆子で難産やった。産まれた時は窒息寸前、全身紫色だわ。取り上げてくれた産婆さんが『こりゃあいかん』って、小さな足首掴んで頭の上でグルグル振り回して。それでやっと産声上げたんだわ」。

ぼくの生死の境が記録された手帳。

しかし二歳を目前に伊勢湾台風が直撃。

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当時のわが家は、名古屋市南区のアパートの一階だった。

台風と満潮が重なり、水位がもの凄い勢いで上昇。

父母はぼくを抱え、命からがらアパートの二階へと非難。

わが家は完全に水没し、家財道具も何もかも失った。

しかし母は瓦礫の中からこの母子手帳を、必死に探し出したのだ。

変色した一冊の母子手帳。

だがそれは、母との思い出の彼方へと旅立つ、この世にたった一つだけのパスポートだった。

お宮参りを終え晴れ晴れとした表情で、三世代家族が境内へと戻って来た。

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「これは息子が35年前に、お宮参りで使った帽子と涎掛(よどか)けなんやわ」。

祖母の藤井玉枝さん(60)は、初孫を抱いたまま息子を見つめた。

「まだそんなんが取ってあるって言うもんで。でも意外と綺麗で」と、父孝仁さん(35)が笑う。

「せっかくだから娘の美緒の、お宮参りにも着けさせようって」。

母真由美さん(34)は、愛娘の真っ赤な頬を指先で突いて見せた。

「30年前に岐阜市内から関市へと引っ越して来て、今はこの神社がわが家の守り神様なんです」。

祖父美彦さん(61)も笑顔満面でカメラを構え、記念写真のシャッターを押し続ける。

幸せなこのひと時の一瞬が色褪せないように。

幸あれ!

藤井家、親子三代に。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「長良川母情⑪(2008.11月新聞掲載)」への11件のフィードバック

  1. 自分の母子手帳を見たなんて凄いわぁ、オカダさん⤴️息子たちの時は何も考えずに母子手帳を頂きましたが、自分自身のは見たことも無ければ、あったのかすら考えた事もなかった(¯―¯٥)

    1. 万年筆のインクが滲んだ、母の癖字が書きこまれた、ぼくと母とを繋ぐ唯一の宝物です。

  2. 全く、話が変わりますが
    昨日、TV見ててビックリ!したよぉ!
    櫻井翔と相葉雅紀が結婚!
    ええ~~ぇ⤴結婚!一瞬耳を疑った!
    あの二人が結婚・・まさか、同性愛?
    まぁ⤴恋愛は自由だし、人を好きになるのがたまたま同性だっただけだから
    それもありかな~ぁ⤴と思った
    ニュース読んでる司会者も言ってたけど
    「この言葉は紛らわしいです!」
    「二人がそれぞれ結婚したと言う事です」
    それを聞いて「ホッと」したオジサンでした。
    あ~~ぁ⤴びっくりした!

    1. 色んなニュースの狭間を突いての、国民的アイドル結婚のNewsでしたものねぇ。

  3. 今 自分が生まれた時の母子手帳を見てみたら 交付された日付が なんと長男の誕生日と同じだったので ビックリしてます。
    まるで もうこの時から 私が息子を授かる事が決まっていたかのよう…。
    障がいを抱えた子は 生まれる前に天から地上を見下ろし『このお母さんのところなら大丈夫!』と お母さんを決めて生まれてくる…と聞いた事があります。
    でも この言葉を聞いた時には既に 次男も同じ…という事がわかった後だったので 私にしてみれば「二人も来ちゃったの〜!」って感じでしたね(泣笑)
    母子手帳や臍の緒や育児日記 保育園から高等部までの連絡帳 宝物です。
    ジェットコースターのような日々 
    いつか一冊にまとめてみようかな⁈( ◠‿◠ )

    1. ぼくも『このお母さんのところなら大丈夫!』ってお話、どこかで耳にした記憶があります。
      本当にその通りなんじゃないかと、素直に思えちゃったものです。
      そんな子育ての記録は、二人の息子さんへの記憶の贈り物として、いつかプレゼントされちゃあいかがでしょうか?

  4. 息子の御宮参りの日 留め袖に黑の羽織姿のおばあちゃんは50歳  わかーい
    (◍•ᴗ•◍)❤

    息子と同年代の 嵐の相葉ちゃんと櫻井君の結婚  親心としては 祝福 ♥
    2人のフアンとしては 
    ちょっと ふ・く・ざ・つ な 
    今の わたし ❖

    もう1人 大好きな フリーアナウンサーの夏目三久さんも 今日で 一先ず家庭に入られるそうです (✷‿✷)♥

    『お父さん お母さんになりました』の
    ニュースが待ち遠しいです (◠‿・)—☆
        

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