昭和がらくた文庫66話(2016.05.26新聞掲載)~「婆ちゃんの下呂膏」

「さっきから、そげん何をジロジロ見とうか、この子は?」。

婆ちゃんは銭湯の脱衣場で、ぼくを睨みつけた。

写真は参考

「だって…」。

素っ裸のまま着物をたたみ、脱衣籠にきちんと収める婆ちゃんの肩には、これまで目にしたことも無い、真っ黒な膏薬がベッタリ貼り付いていた。

参考資料

「そげんとこいで、ボーッとしとらんと、さっさとこよ剥がしとくれ」。

婆ちゃんは背を向け、脱衣場の床に両膝を付く。

ぼくは恐る恐る、その真っ黒な膏薬を、婆ちゃんの肩から剥ぎ取った。

すると指先には、ヌメヌメとした不快な触感が伝わり、おまけに妙な臭いが鼻先に漂う。

それでも何とか膏薬を剥ぎ取ったものの、婆ちゃんの肩にはくっきりと、四角い真っ黒な縁取りが幾重にも重なっていた。

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母方の婆ちゃんは、生まれも育ちも鹿児島。

押しも押されもせぬ生粋の薩摩おごじょそのものだった。

ぼくが生まれて間もない頃、名古屋で暮らす末息子、つまり母の末の弟を頼り鹿児島を出たそうだ。

だから当時、唯一の孫であったぼくに逢いに、わが家へと足蹴く通っていた。

そんな幼い日の事。

恐らく両親が不在だったのだろう。

婆ちゃんの真っ黒な膏薬に驚いたのは、初めて手を引かれ二人っきりで、近所の銭湯に出掛けた時の事。

婆ちゃんの肩に残る、真っ黒な縁取りに、幼いぼくの目は釘付けになった。

「みんな歳食うと、体もガタが来うでな。ほれっ、見てみい。あっちもこっちも、みんな似たい寄ったいや」。

婆ちゃんは脱衣場の客を見渡した。

ぼくも婆ちゃんの目線を追う。

すると脱衣場に居合わせた、裸んぼうのお婆ちゃん達の二人に一人の肩には、家の婆ちゃん同様に真っ黒な膏薬の縁取りが!

「お前のお父ちゃんが、こん前の慰安旅行の時に、お土産としてこぅて来てくれた下呂膏。これがまたよう効いた。わしもいっど下呂の銘泉に、ゆったりと浸かりたいもんや」。

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婆ちゃんごめんね。

婆ちゃんがもう少し長生きしてくれたら、下呂温泉に連れて行ってやれたろうに。

写真は参考

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「昭和がらくた文庫66話(2016.05.26新聞掲載)~「婆ちゃんの下呂膏」」への10件のフィードバック

  1. こういう貼り薬って いつ頃からあるんでしょうね。
    ブログを読みながら 漫画『いじわるばあさん』を思い出しました。
    確か このお婆さんって こめかみの所に白い貼り薬?を貼ってたような?
    私はもっぱら湿布専門だけど 写真のような貼り薬って ギュッと効きそうな気がする〜( ◠‿◠ )

    1. 家のお母ちゃんも、こめかみにトクホンを小さな四角形に切って、貼っていたものです。
      偏頭痛でもあったんでしょうかねぇ。
      ぼくが心配ばかりかけていたからでしょうねぇ。

  2. 下呂膏懐かしいです。

    オカダさんのご幼少の頃のお写真を思い出すとそれは それは可愛かったですものね。私も甥っ子に会いに足繁く通ってましたから こんころもちがよくわかります。
    仕事が終わるとここからなら
    家からと比べたら半分の時間で会いに行けるのにと思いつつ 
    1週間がとても長く感じられたものでした。

    1. あの膏薬の薬草の匂いが、ぼくにはお婆ちゃんの匂いの様に思え、懐かしくって仕方ありません。

  3. おったおった!
    銭湯へ行くと、腰と肩に下呂膏貼った、ご老人!
    あたしも子供の頃、突き指した時とか貼ってたな~ぁ⤴
    貼った後、下呂膏の黒い跡が中々消えなので・・
    その内「サロンパス」を貼るようになった気がする。
    下呂膏といえば下呂温泉だねぇ!
    下呂へ行って旅館で、のんびり温泉でも入りたいねぇ!

    1. いいですよねぇ、下呂の湯。
      何にも考えず、マスクも取って、ゆったりと身も心も解きほぐしたいものです。

  4. 下呂膏 懐かしいですね (*˘︶˘*).。*♡

    私の実家 自宅にお風呂が無く 毎日銭湯だったので お婆ちゃん達の肩や背中 腰や腕 膝には下呂膏が貼ってあるのは見慣れていました !!

    顔見知りのお婆ちゃんからは『⚪⚪ちゃ〜ん 取ってくるの忘れたわ〰』と言って下呂膏が貼ってある背中を 
     (( ◜‿◝ ))♡ 

    父親の下着のシャツも 黒っぽい下呂膏の後がちょっと黒くなっていましたね♥

    1. 本当にその通りで、当たり前のような光景でした。
      でももう、日帰り温浴施設でも、下呂膏を貼ったご老人の姿なんて見かけられないんでしょうねぇ。
      って、そう言うぼくも子どもたちから見たら、押しも押されもせぬご老人の一人かぁ!

  5. 貼るタイプ、塗るタイプ、色んな湿布薬を使った事あるけど、下呂膏は見た事はあっても使った事は無いですねぇ。子供の頃は、おばあちゃんたちが使う物だと思ってた。なら、もうとっくに解禁かぁwww

    1. あの独特な薬草臭さを、ぼくはお婆ちゃんの匂いだと思い込んでいたほどでした。

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