昭和がらくた文庫35話(2013.10.24新聞掲載)~「帳場に飛び交う万国語」

秋の実りを食らい、酒を煽る秋酣。

いやいっそ、ぶらりと独り旅に出るのも悪くない。

秋の八幡祭も終え、高山市中に冬やわいの気配が忍び寄る頃。

つい或る人の顔が浮かぶ。

それは軒の打ち水が似合う、情緒漂う宿の女将の顔だ。

鍛冶橋を西へ渡った、国分寺通りの旅館田邊。

女将との出逢いは、10年以上も遡る。

新聞連載の取材で、訪ねて以来の付き合いだ。

今も暖簾を潜ると「あら、お帰りなさい」と、在りし日の母の口調さながら、仲居頭共々、出迎えてくれる。

不思議にも宿の帳場では、多様な言語が飛び交う。

英・仏・伊・蘭・独・西(スペイン)・瑞典(スゥーデン)・丁(デンマーク)など、ヨーロッパの言語と、大半が英語である。

既に古希を越えた女将だが、週に一度は英会話私塾へと通い、一方独学で日常会話程度の、仏・蘭・伊・独をも片言で操る。

だから帳場の賑わう朝夕には、女将のネイティブな飛騨弁に、各国の旅人と交わす、片言のお国言葉や英語が絡み合い、賑やかこの上無い。

でもそれが旅館田邊流の、慮りの神髄である。

「慮る」とは、虎垂れに七つ思うと書く。

つまり虎は、「四方八方へと気を配り、常に七つの思いを巡らせる」と考えてもいい。

屈託なく諸外国からの旅人に接する、そんな女将の姿に触れる度、持て成す慮りの奥深さを痛感する。

元より宿は、ウ冠の屋根の下に、百通りの人と書く。

すなわち百通りの人生を抱えた者たちが、一夜の雨を凌ぐ拠り所でもあるのだ。

やはり万国共通の旅の醍醐味は、「郷に入っては郷に従う」か?

それが証拠に欧米の紳士淑女も、こぞってこの宿で長居を決め込む。

「お世話になりました。女将さんお元気で」。

欧米からの旅人は、玄関の三和土に立ち、覚えたての日本語で礼を述べ、振り向き振り向き高山を後にして行く。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「昭和がらくた文庫35話(2013.10.24新聞掲載)~「帳場に飛び交う万国語」」への12件のフィードバック

  1. う〜高山 良いですね。
    夏休みに連れて行って貰ったので
    この季節には懐かしくなります。

    1. ぼくもコロナを克服したら、いの一番に飛騨方面に出掛けたいものです。

  2. わ〜 田邊旅館さんですね〜 ❣️

    田邉さんの御主人、女将さん、お姉様方の
    お・も・て・な・し そして 高山在住のオカダさんのお友達のご協力で 
     大成功だった  お座敷ライブ ♬ 
    楽しかったですね〜 ♬

    来年 国分寺の銀杏が鮮やかな頃 
    もう1度 田邉さんで 
    ♬ お座敷ライブ ♬
    楽しみた〜い (◍•ᴗ•◍)❤

    来月は 山桜神社で絵馬市 
    毎年 海外の方達で賑わっていましたが、コロナ禍になり2回目の夏  今年はどうかしら ??

    1. 高山へコロナの前の様に出かけたいものですねぇ。
      もちろん出来ればお座敷ライブも!

  3. 高山~行きたいよ。独りのんびりとブラブラ、朝市でおばちゃんたちとしゃべったり、酒蔵巡りしたりと楽しいですよね、前回はバスで行ったので次回は朝早く、鈍行でのんびりいきたいです。

    1. 電車やバスに乗った瞬間から、心は高山モードになっちゃいますものね。

  4. コロナ終息の折には!
    是非!
    「旅館田邊お座敷ほろ酔いライブ」を目標に・・!
    県外は自粛だけど高山なら県内だしねぇ!
    ちょっと待った~~ぁ⤴
    オカダさん愛知県人だった・・・
    けどさ~ぁ⤴いいよ!
    オカミノファミリーの皆さんは岐阜県人みたいなもんだからさぁ!
    何でェ?って言われると困るけど・・
    67年間生まれも育ちも岐阜県人の私が言ってるんだから
    いいじゃん!

  5. 高山… 一度も足を踏み入れた事がない土地。でも テレビでは何度も見た事があるから あれ?行ったっけ? と錯覚したりして(笑)
    その土地の空気を思いっきり吸い込んでみたいなぁ〜。そして 旅館のあったかいぬくもりに包まれてみたいものです。

    1. 飛騨弁が行き交うあの町の空気と風景は、街の暮らしで疲弊した心を、やさしく包み込んでくれますよ。

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