昭和がらくた文庫19話(2012.6.21新聞掲載)~「亭主関白と、かかあ天下」

ずっとわが家は、筋金入りの母のかかあ天下だと思っていた。

父の薄給すら物ともせず、見事な采配で世知辛さをも凌いだからだ。

それもその筈。

鹿児島生まれの母は、気立てが良くやさしい反面、曲がったことは大嫌い。

正真正銘の薩摩おごじょだった。

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対する父は、三重の片田舎育ちの小心者。

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父の出征時に祖父は、大事な働き手を失ってはと、「鉄砲の玉の下潜ってでも、生きて還って来るんやぞ!」と、大声で見送ったという。

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憲兵さえも憚らず。

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その甲斐あってか、父は無事に復員した。

だから勇猛果敢な薩摩隼人と父は、まさに天と地の開き。

端から薩摩おごじょに敵う相手ではなかった。

恐らく結婚数日で、父母の上下関係は忽ち逆転した筈だ。

家族水入らずなら、一事が万事母の天下。

だが来客でもあれば忽ち一変。

母は何かにつけ父を立て、一歩も二歩も控え、父の亭主関白振りを装った。

その変わり身の早さと来たら天下一品。

子供心にも、母が体裁を取り繕っているように映ったものだ。

だがそれが誤りと気付いたのは、母が事切れる直前のこと。

痛み止めで意識が朦朧とする中、母は大きく父の方へと顎を振り、言葉にならぬ声を発し続けた。

「お父さんを頼むぞ」と。

自らの痛みや苦しみより、父の老い先を今際の際まで案じ続けながら。

母は根っからの、かかあ天下ではなかった。

ちょっと心許無い、関白殿を支え抜く、体の良い方便だったのだろう。

「家は亭主関白(かかあ天下)で」と、人は自嘲気味に笑う。

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だがそれは、永年連れ添った夫婦だけが手にする、最大級の惚気でもある。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「昭和がらくた文庫19話(2012.6.21新聞掲載)~「亭主関白と、かかあ天下」」への6件のフィードバック

  1. かかあ天下…いいじゃないですか( ◠‿◠ )
    外でだけかかあ天下 家の中だけでかかあ天下。気付いたら手の上で転がされてるみたいな(笑)
    夫婦や家族の形は 決まりがなく人それぞれ。時々 仲睦まじい老夫婦を見かけると 凄いなぁ〜と思ってしまう。

    1. 「かかあ天下」に甘んじて、夫婦が互いに尊重し合うってぇのも良いものなんじゃないでしょうかねぇ。
      「かかあ天下」とは、決して妻を疎ましく思っている言葉なんかじゃなく、感謝の言葉の代名詞なのではないでしょうか?

  2. 今思うと、子供の頃は祖父がいたので、『じいちゃん天下』だったと思います。
    知り合いの店では《つけ》で買い物をして来るとんでもないじいちゃんだったけど、父も母も文句一つ言わず支払いに四苦八苦。

    1. それだけ「じいちゃん」をご両親は、尊重しておいでだったのでは?

  3. 亭主関白!かか天下!昭和の時代
    その言葉は、もう⤴死語だねぇ!
    夫婦喧嘩は犬も食わぬ!なんて事を言ってたけど
    これも時代の流れ「夫婦でもモロハラ」おちおち喧嘩もできない・・!
    お蔭様で我が家は喧嘩する事も無く
    毎日、平穏無事に過ごせています。

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