昭和がらくた文庫9話(2011.9.22新聞掲載)~「慌て者の台風補強」

台風が接近する度、父の姿が浮かぶ。

ステテコと鯉口シャツに腹巻。

写真は参考

ずぶ濡れになり、窓は雨戸の上から、玄関には戸板を宛がい、胴縁を打ち付けた。

ある大型台風の襲来前夜。

父は慌てて勤め先から駆け戻り、大工道具を片手に補強を始めた。

写真は参考

母は停電になる前に夕餉を終えようと、これまた大わらわ。

当然ぼくにも、そのお鉢が回って来た。

電気が止まるまでに、宿題を済ませろと。

どうせ明日は警報が出て、休校に決まっているのに。

だが、そんなことを口にしようものなら、「この不心得者!」と、たちどころにどやされるのがオチ。

そんな打算も働き、空返事を返したものだ。

トンカン トンカン―

それにしても父の補修は念入りだった。

さぞや大きな台風だろうか?

そのうち、勝手口を外から打ち付ける音まで聞こえ始めた。

「ちょっと、そんなとこまで釘付けにしてまったら、私ら缶詰状態やがね」と、母が声を荒げた。

しかし、荒れ狂う風の音に遮られ、父の耳には届かぬようだ。

「それはそうと、お父ちゃんどっから入って来るつもりやろ?」。

母と顔を見合わせ訝しんでいると、「しもたあ!」と外から父の大声。

打ち付けた補強材を慌てて引っぺがし、濡れ鼠で駆け込んで来た。

そこまで両親が、台風に神経を尖らせたのには訳がある。

あの伊勢湾台風で被災し、生と死の淵を一家で彷徨ったからだ。

あに図らんや翌日は、台風一過の日本晴れ。

写真は参考

朝から異様に飼い犬が吠える。

それもそのはず、戸板で塞がれた小屋の中で、腹を空かせ七転八倒していたのだから。

このブログのコメント欄には、皆様に開示しても良いコメントをドンドンご掲示いただき、またその他のメッセージにつきましては、minoruokadahitoristudio@gmail.comへメールをいただければ幸いです。

投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「昭和がらくた文庫9話(2011.9.22新聞掲載)~「慌て者の台風補強」」への8件のフィードバック

  1. うちの父は 盆栽が趣味だったので 台風が近づいて来ると まずは盆栽を必死に片付けてから すりガラスの玄関戸が割れないように板を打ち付けてました。
    夕食や入浴を早目に済ませ 私と妹は布団を被り 中で懐中電灯をつけて雨風の音を聞きながら ずっとお喋りしてたっけ。
    また台風の時期がやってくる…
    どうか被害が出ませんように。

    1. 昭和の頃の台風の日は、どこのお家でも同じようなものだったんですねぇ。
      ロウソク一本の灯りを囲んで!
      ただただ台風が通り過ぎるのを待ったものですよねぇ。

  2. 今思い出すだけでも「ゾ~ォ」っとする伊勢湾台風
    丁度ハナ垂れの4歳だったけど覚えています。
    当時は6畳一間を間借りをしていたので、
    不幸中の幸い補強する事はなかった。
    「災害は忘れた頃にやって来る」なんて事を言いますが
    これから先の事は分からないので
    取り敢えず「備えあれば患いなし」と言う事でしょうか?

    1. そうですよねぇ。
      いつ何時、大災害が襲って来たっておかしかないんですものねぇ。
      今まさに、コロナという災いが人類を飲み込まんとしているように。

  3. 子供の頃、停電になるとロウソクの出番。ロウを垂らして熱いうちに立てるんだけど、受け皿を使わずに直接立てるから停電の後は溶けたロウの塊があちこちに・・・(汗)

    1. そうそう!
      家の丸い卓袱台の上は、ロウソクのそんな跡がしっかり残っていたものです。

  4. 東芝テレビセットの犬小屋って
    高級感が漂いますね。
    可愛らしい ワンちゃんピッタリです。昔は犬小屋も手作りでしたもんね。

    1. だいたい犬小屋って、それぞれのご家庭のお父ちゃんが、タオルの捩じり鉢巻き姿で、トンカントンカンやっていたものでしたねぇ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です