「天職一芸~あの日のPoem 458」

今日の「天職人」は、三重県いなべ市大安町の「鋳物用木型師」。(平成24年3月10日毎日新聞掲載)

出しゃばりもんの天秤棒 「鋳掛鋳掛」と流しゆきゃ       鍋釜抱え長屋から 急ぎ飛び出す古女房             路地で鋳掛屋店開き 女房連中屯して              亭主の愚痴で憂さ晴らし 尾鰭が付いた鋳物尺

三重県いなべ市大安町の伸光しんこう木型製作所。たった一人きりの鋳物用木型師、水谷博さんを訪ねた。

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「人生、辛抱が肝心や。辛さを抱いたまんま、辛抱して生きとってみい、やがてそいつが、自分の心棒に代わる日が来るんやで」。人懐っこい笑顔を満面に浮かべ、男は作業場へと誘った。

博さんは昭和16(1941)年に誕生。

「わしは母の連れ子やったんさ」。

中学を出ると桑名市の木型製作所で住み込み修業。

「まあ、昔ながらの丁稚奉公やさ。箱膳で毎日倹しい食事や。親方らの家族は、鮭の切り身が付いとんやけど、わしら奉公人にゃあ一切無し。すると親方が、自分の鮭を3分の1ほど切って、わしらに施してくれよった。一月勤めて小遣い1500円もうて、床屋代の70円だけ自分で使ったらそんで仕舞いや。はぁ?だって後は、家から取り上げに来るんやで。下の弟たちも、まだ小さかったしな」。

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昭和37年、5年の年季が明けると、今度は1年間の御礼奉公。

「とにかく修業中は厳しかった。親方が片腕にしようとしてな。でもこれでやっと通い職人や。給料もいっぺんに月4万円に跳ね上がって」。

昭和45年に見合いで月子さん(故人)と結ばれ、一男を授かった。

高度経済成長と共に、通い職人の給料も月8万円に倍増。

しかし昭和50年、20年近く勤めた職場を辞した。

「親方が辞めんといてくれって土下座までして。店もお前にゆずるってゆうてくれたけど」。

タイヤ工場と別の木型屋に、二束の草鞋で働き詰めた。

「寝るのはたったの3時間やった」。

昭和54年、ついに独立開業。

「主に電気モーターの、鋳物の木型製造やわ。足踏みミシンの踏み板や、カメっちゅうベルトカバーやら、中足外足にプーリーっちゅう胴体やさ」。

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木型作りは、メーカーの図面を元に、立体図面を起こす作業から。

鋳物師(いもじ)とどう分割するか、相談せやなかんしな」。

次に姫小松、朴の木を木取りし、木型になる上型、下型、中子(なかご)(砂型)を、鉋と鑿で削り、ペーパー掛け。

次に中子の砂離れが良いように、透明の塗料を塗り、いざり止めにだぼを打つ。

そして底板や土台は、シナベニアで加工。

「姫小松は、年輪が細かく、夏目と冬目が変わらんし、粘りもなくやわこい。逆に朴の木は粘りがあって、鋳物の周りの、欠け易いような細かい場所に、持って来いの材なんやさ」。

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作業場のあちらこちらには、木型師人生55年を物語る、大小様々な木型が、渦高く積み上がる。

さながら職人の履歴書のようだ。

「ここらは昔から、鋳物が盛んやった。鋳物噴いとるとこだけで、50軒は超えとったやろ。せやけど今しは、たったの10軒や。木型屋なんか、もう残り2軒やで。とにかく、安てええもん作って当たり前。いらん欲は捨てやなかん」。

老木型師が、少年の(まなこ)で笑った。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 458」」への4件のフィードバック

  1. 金型って聞いた事があるけど、
    木型があるとは知りませんでした。
    しかし世の中には、どんだけ~~ぇ⤴の職種があるんでしょうか?
    ひょっとしたら人の数だけあるかも?
    んな~ぁ⤴事はないですねぇ!
    もし生まれ変われたら・・
    絶対!
    ライブハウスのオーナーになる!
    夢だけは持つよ~~ぉ⤴

    1. 数多ある職種の中から一つの職と出逢うと言うことは、やっぱり何かしらの巡り合わせがあってのことなんでしょうねぇ。

  2. 「人生、辛抱が肝心や…」の言葉 心にグサッときます。
    名言ですよ( ◠‿◠ )
    この方は どうしてずっとずっと頑張ってきたんだろう?人生の歴史を見て ふっと思ってしまいました。
    最後の「いらん欲は捨てやなかん」 
    胸に留めておきます。

    1. どんなに欲を抱いたところで、所詮両手で掴める量には限りがありますものねぇ。

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