「天職一芸~あの日のPoem 452」

今日の「天職人」は、三重県伊賀市島ヶ原の「はさめず職人」。(平成24年1月28日毎日新聞掲載)

あんさんそんな器用なら 粟稗やろと箸先で           難なく摘み取れるやろ それでもこれは無理やろな       「箸で挟めんもんはない」 えらい大見得切りよって       ほなこの醤油挟んでか 無理を承知の「はさめず」を

三重県伊賀市島ヶ原、明治28(1895)年創業の、丸長「福岡醤油店」。二代目はさめず職人の、川向かわむかい友宏さんを訪ねた。

「『はさめず』が何かは置いといて、いっぺん食べとくなはれ」。

炊き立ての一膳飯に、醤油が振り掛けられた。

「これが『はさめず』やがな。その昔は貧乏で、おかずもよう拵えれん。昔の京都の人らは、醤油かけて喰うたんやさ。『おおい、(箸で)はさまれへんおかずくれ』ゆうてな。京都人はいっくら貧しいても、気位だけは高いやろ」。友宏さんが、悪戯小僧のように笑った。

友宏さんは昭和9(1934)年、料理旅館の長男として誕生。

国民学校高等科を出ると、昭和23年福岡醤油店に入社。

「福岡長太が、師匠でんにゃ。それで今も、屋号は○長、福岡醤油店ですんさ」。

親方に付き、醤油作りを学んだ。

「大豆を蒸して、一晩止めて。種糀を振り木箱に盛り込み、室の中で丸3日。上の棚は、下に比べたら温度が高い。それぞれに顔があるで、この子はこの温度でええやろかと。下の棚からは、『はよ上げてんか』と、ゆうて来よるし」。

蔵人は大豆の声を聞き分ける。

次に大桶の塩水に浸け込み、櫂で攪拌を繰り返す。

「仕込んだはなは、1日1回。顔見ながら手入れせんならん。7~8ヶ月で発酵し、原料が上がってくるで、今度は1日2回ほぐすんやさ。最初は柔こいけど、発酵するとかとなる。そして仕上がる頃には、また柔こうなる」。

それを絞り袋に入れ、舟の中へ。

100年以上前から使われる、木製のキリン圧搾機(直径30センチの丸太が、キリンの首に見えることから)で搾り出す。

延べ一年半の歳月を費やし、真っ黒なはさめずがこの世に生まれ出でる。

「修業中は自転車に積んで、売りあるくんやさ。ところが大手のメーカーに押されて厳しい。どないしよかと思とった。そしたら『お前、日本一美味い醤油やぞって気で、販売しとんか?』と、親方から言われましてな」。

親方はその場で、半紙に「忍耐」と記した。

そして起床時と終身時に、必ずそれを見ろと。

「今思たら、そのお陰で一人前になれましたんさ」。

21歳の年に、英子さんと結ばれ、一女を授かった。

それから5年後。

「跡継ぎが無かった親方から突然、『お前やったら出来るで、後たのむわ』と」。

友宏さんが店を譲り受けることに。

「『商売は損して徳取れ。細う長~く、牛の涎のように』って、それが親方の遺言や」。

昭和38年のことだ。

「営業で行った京都の板前に、『はさめず』の昔話を聞いたんやさ」。

これだ!

友宏さんは己の直感を信じ、旨味入り醤油に「はさめず」と命名。

昭和40年には登録商標を得た。

「付けるんが醤油。たっぷり掛けて啜り込むのんが、はさめずやわ」。

それにしても友宏さんはよく笑う。

「始終笑顔でおると、そんな気の無いもんまで買うてくんやさ」。

店中に笑い声が響き渡った。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 452」」への8件のフィードバック

  1. 「天職一芸〜あの日のpoem 452」
    「はさめず職人」
    そういえば 卵かけご飯をしばらく食べてないです。
    子供の頃にはたまご屋さんが
    近くにありましたから 大きな卵の時は「ふたごかなぁ」なんて
    ちょっと ワクワク してました。
    そうなんですね。醤油が決めてだったんですね。

    1. 双子の卵に当たると、その日はなんだかいいことがありそうで、ワクワクしたものでしたねぇ。

  2. 君は「ソース派、醤油派」と聞かれたら
    迷わず「醤油派」
    勿論!目玉焼きだって醤油!
    まぁ~フライはソースだけどねぇ!
    そこは!ソースなんかい!
    と言われそうだけど・・
    でもさぁ⤴日本人なら醤油!
    オイラはハーフだけど醤油だもんねぇ!

    1. ぼくも押しも押されもせぬ醤油派ですねぇ。
      トンカツだってコロッケだって、人目を憚らず醤油を掛けちゃうときもありますもの。

  3. 『はさめず』って何の事かなぁと想像しながら読み進めていくとお醤油。ネーミングもユニークだけど、付ける醤油では無くて掛ける醤油とは。ではでは、TKGにたっぷりと⤴️

  4. 『 はさまれへんおかず…』
    ん〜 なるほどです( ◠‿◠ )
    そう言えば 小さい頃 ご飯にお醤油をかけて食べてたなぁ〜。今でも お醤油派ですよ。
    卵かけご飯にはまって 専用のお醤油をいくつか買ったりして 味を比べたりした事も。久々に食べてみようかな⁈

    1. なんてったって、玉子かけご飯は、昭和の立派なおごっつぉですものねぇ。

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