「天職一芸~あの日のPoem 448」

今日の「天職人」は、岐阜県高山市馬場町の「山の精進料理 料亭主」。(平成23年12月24日毎日新聞掲載)

酸いも辛いも甘い恋 苦く塩っぱい人の道            泣いて笑って浪花節 一皿盛りの五味精進            膳を彩る四季の華 ついつい見惚(みほ)れ迷い箸            五味の御菜(おさい)に舌を巻きゃ 我が浮沈さえ醍醐の味)

岐阜県高山市馬場町で、文久年間(1818-29)創業の、精進料理「かくしょう」。十一代目主の角竹邦雄さんを訪ねた。

観光客でごった返す雪の飛騨高山。

古い町並みを抜け、くねくねと海老坂を登る。

すると淡い灯りが燈る、(いにしえ)の武家屋敷が浮かび上がった。

飛び石に打ち水。

黒塀と石灯籠。

離れ座敷へと続く、苔生した内庭。

どれもが小気味よく、浮世の喧騒を隔つ。

「元は飛騨郡代の、お出入医のお屋敷でしたんやさ」。邦雄さんが、離れ座敷で迎えた。

邦雄さんは昭和22(1947)年、この家の長男として誕生。

大学の入学式を終えた後、広島県福山市でクラブの合宿一日目のことだ。

「父がクモ膜下出血で倒れたと連絡が入って。とにかく大慌てで、家に駆け戻りましたが…」。

享年42という若さで、先代が急逝。

昭和45年、大学を卒業し家業に就いた。

「それから6年、父に手取り足取り教えてもらうことも叶いませんから、祖父と板長の手付きを必死に盗み見る毎日でした」。

昭和47年、地元の三恵子さんと結ばれ、二男を授かった。

「後から知ったんですが。ここの曽祖父と、私の実家の祖母が、寺の幔幕を連名で寄贈してたようでして。同じ檀家やったんです。だからここへ嫁いだのも、宿命やったのかな」。

昭和51年、十一代目主の板長に。

「家は代々、主が包丁を必ず握ることになっとるんやさ」。

200年に及ぶ、角正精進料理の基本は、飛騨高山ならではの山の幸の吟味から。

そして代々受け継がれる、四季折々の調理法で手数を惜まず綾なす。

「素材そのものが持つ大自然の味を活かし、『甘い・辛い・酸っぱい・苦い・塩っぱい』といった五味を、味わっていただくよう調理法を工夫します。食材の色やバランスを考え、皿をキャンバスに見立てて、盛り付けるんです」。

奇を(てら)った演出や、華美な盛り付けなど端からご法度。

「生きとし生ける素材が持ち得る滋味。その機微を料理人が感じ取り、小さな世界の皿に盛り付け、新たな命を吹き込むんやさ」。

角正名代の逸品は、代々受け継がれる(いけ)(もり)(なます)

木綿豆腐の水気を飛ばし、1日かけ擂粉木で擂った、ヨーグルトのような白酢。

海から離れた高山ならではの黄身酢。

これは卵の黄身を裏漉しし、酢を加えた調味料。

「海が遠い分、鮮度も落ちますから、毒消しも兼ね。それと息子が作る、向う付の胡桃豆腐。胡桃を脂が出るまで擂り、葛粉を混ぜ加熱しながら練り上げたもんやさ。他では味わえませんやろ」と、邦雄さん。

「料理屋は、衣食住すべてに気を配らねばなりません」。

そう言えば、手洗いの履物も藁草履であった。

築200年の屋敷と庭、そして洗練された家伝の精進料理。

どれもが、実に控え目だ。

しかし、だからと言って、どれ一つ欠けてはならない。

心に染入る、雅楽の調べのように。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 448」」への8件のフィードバック

  1. 「わぁ、綺麗!」「う〜ん、これ美味しい!」と久しく言ってない。でも、たまにはありますよ。自分で作った料理に「おっ!なかなか旨い」って思う時。自画自賛ですが(_ _;)

    1. 何事も自画自賛で大いに結構じゃないですか!
      せめて自分だけは自分を褒めてあげなくっちゃ!

  2. 精進料理
    食べた事ないけど、低カロリーなんでしょうねぇ!
    一度食してみたいです。
    以前、韓国へ行った時、
    丁度「宮廷女官チャングムの近い」
    宮中料理を食べましたが、まぁ~~⤴出るわ!出るわ!
    次から次へと・・・宮中料理とやらが
    えっ?美味しかった?
    日本人の平民には??でした。
    でも、キムチは、どこの店に行っても、その店、その店の味でとても美味しかった!

    1. 宮中料理とは、これまた豪気なもんですなぁ!
      もしかして高句麗の落ち武者殿ですか?

  3. なんだか茶道の世界のような…( ◠‿◠ )
    本格的な精進料理を頂いた事がないので ぜひ味わってみたいですね。
    これこそ 景色や風や空間も一緒に感じながら。
    勿論 その時間を一緒に過ごす人 大事です。

    1. 料理人の手に掛れば、料理も庭木や池泉を借景にした、味わい深い絵画のようなものかも知れないですねぇ。

  4. 古い街並みらしい店構え (✿ ♡‿♡)   
    間違いなく 飛騨のお酒がぴったなお料理 美味し〜い❣ んでしょうね 

    器もステキ❢ お部屋もお庭もステキ❢ 

    あ〰〰〰 1人 家のみもそろそろ限界  
      •́ ‿ ,•̀  (。•́︿•̀。)

    こんな素敵な所で 疲れ果てた心 癒された〜い (◍•ᴗ•◍)❤

    1. 庭で囀る鳥の声や、虫の鳴き声、そして風に吹かれてそよぐ葉擦れの音に耳を傾けながら、ゆったりとさしつさされつ!なぁ~んて、風情を極めるのもいいかも知れませんよねぇ。

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