「天職一芸~あの日のPoem 429」

今日の「天職人」は、愛知県豊橋市花田町の「帆前掛け捺染なせん職人」。(平成23年8月6日毎日新聞掲載)

染屋の釜に煙立つ 木々から落ちる蝉時雨            庭一面の藍の帆に 灘の屋号が白く浮く             散歩途中のご隠居が 灘の屋号に気を取られ          「ちょいと一本付けとくりょ」 捺染(なせん)職人大慌て

愛知県豊橋市花田町で、昭和30(1955)年創業の鈴木捺染。豊橋が誇る伝統産業の、帆前掛けを専門とする、二代目捺染なせん職人の鈴木良治さんを訪ねた。

東海道新幹線と東海道本線とに挟まれた、愛知県豊橋駅の南。

大自然の景観とは程遠い、都会の舞台袖ともいえそうな一角だ。

それでも夏の訪れを待ち侘びた蝉たちが、けな気に狂おしいほどの鳴き声を放つ。

小路から少し奥まった年代物の建屋から、仄かに煙が棚引く。

「染の時には、今でも廃材くべて、釜で焚くじゃんね。だってボイラーだと、突き刺すような熱さになるらあ。やっぱり昔の風呂と一緒で、薪で焚いたお湯はやわらかで、肌にジィーンと染み入るし、湯気もほわんとしとる。染めもんも一緒だって」。良治さんは、そっと染釜の蓋を上げた。

良治さんは昭和33年、5人兄弟の3男として誕生。

大学を出るとそのまま家業に就いた。

父を師と仰ぎ、帆前掛けの染に関するイロハを学んだ。

写真は参考

しかし昭和30年代には、一日2000枚の生産を誇った伝統産業の帆前掛けも、じり貧へ。

「戦後はとにかく、着る物も無い時代。だから大切な服を傷めたらいかんと、丈夫な帆前掛けが重宝したじゃんね。それからは大手の蔵元が宣伝用に、酒の銘柄を白く染め抜いて、全国各地の酒屋にばら撒いただ」。

良治さんが家業に入った昭和55年頃には、帆前掛けも衰退の一途。

「父に顔料捺染(シルクスクリーン)を導入しようと。それで5色の機械を入れて、10年ほどシルクと帆前掛けでしのいだだ」。

やがてバブルが崩壊。

中国からの輸入と、不景気の荒波に揉まれ続け、結局元の伝統的な帆前掛け一本へ。

「とにかく仕事量が少なくって、父と私と叔母の3人が細々やっとっただ」。

平成9年、良治さんは家業を父に任せ、異業種へ転職。

「伝統的な捺染の技を、何とか遺したくって。父一人ならなんとか細々とでも続けられるけど、私まで家業に縋って食っとったら、共倒れじゃん」。

公害分析会社で8年勤務し、再び家業へ。

「父が初めて『もうえらいで、お前やってくれんか』って弱音を吐いただもんで」。

当時帆前掛けの注文は、一月で1000枚を切るほどの減少ぶり。

「やっと今では、どうにか年間6万枚に戻ったけど」。

帆前掛けの捺染は、まず前掛け生地を煮る作業から。

そして一旦脱水し、型紙を当て防染糊を木箆で塗り、上から大鋸粉振り掛ける。

次に伸子(しんし)という針金を()って生地を張り、染釜にどぶ漬け。

数分で釜揚げし、酸化還元で発色と定着をさせ、水に浸けて水酸化還元で色出し。

そして水洗いの上、脱水し天日に干せば完成。

写真は参考

「去年93歳で亡くなった父は、90歳まで現場に出とっただ。この染料配合帳に、細かな比率を書き込みながら。後になってそれが、どんだけ役に立ったことか」。

伝法相乗の配合帳。

良治さんが誇らしげに手にした。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 429」」への11件のフィードバック

  1. 今日は暑かったね~ぇ⤴
    オカダさん今日はビールが一段と美味しいかもねぇ?
    まぁ~⤴
    オカダさんの場合は一年中「プッハァ~⤴」だわねぇ!
    早く!皆さんで「プッハァ~⤴」したいですねぇ!
    えっ?君は呑めんやろう!
    大丈夫!ウーロン茶でも酔えますから・・

    1. さすがに昨日の真夏日には、プッハァがこの世の物とは思えぬほど美味しかったですねぇ。
      仰る通り!
      落ち武者殿もワクチン接種を無事に終えられますように!

  2. あれっ!!オカダさんったら、同じ帆前掛けの天職さんをまたまたアップしてぇ〰と思ったら、違う天職さんのお話しだったんですね。前回は型紙職人、今回は染色職人。ほぉ、分業なンすか。

    1. まだまた、確かもうお一方いらっしゃいますよう!
      素晴らしい分業制です。

  3. 「天職一芸〜あの日のpoem429」
    「帆前掛け捺染職人」
    取材には蝉時雨の頃に出かけられたのですね。藍色の暖簾のようになって天日干しされていたら 今日のように暑い日には このような時代でなければ「ちょいと一本」が似合いそうです。
    帆前掛けと元気な八百屋のおいさんの声を懐かしく思い出します。

    1. 使い込んだ帆前掛けって、ビンテージのジーンズのように味わい深いものですよねぇ。

  4. この職人さんのお父様が 90歳まで現役だったのには 驚きです。
    それに 染料配合帳まで残されて。
    ずっとずっと何度も何度も 染料を測りながら調合したりして 納得のいく色が出るまで染めてらしたんでしょうね。
    でも もしかしたら 昔の方だから “一生勉強だ!” と 結果に満足する事なく常に研究されてたような気がします( ◠‿◠ )

    1. たゆまぬ努力化には、怠け者のぼくなんて歯が立ちそうにありません(泣)
      もう今更努力家にはなれそうにありませんから、ぼくはやっぱり「のらりくらり」ですねぇ。

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