今日の「天職人」は、三重県松阪市の「恋文代筆屋」。(平成22年11月20日毎日新聞掲載)
いつも電車で乗合わす 名前も知らぬお嬢さん 何時の間にやら片思い つい駆け込んだ代筆屋 改札口で待ち伏せて 「好きです」と声震わせて 恋文出して気が付けば 「ママ何それ?」とはしゃぎ声
三重県松阪市の恋文代筆屋、中村透さんを訪ねた。

「女道楽なら、まだカッコよろしで。でもわしの場合は筆道楽。せやで筆見るとなんやムラムラしてもうて、つい手が出てまうんやさ。そやなあこの60年間で、5~600本はこうたやろな」。透さんは、大きな筆箱を広げた。

透さんは昭和10(1935)年に誕生。
「兄弟は8~9人で、たぶん上から3~4番目やろ。昔のことやで、ええ加減なもんやさ」。
楷書の得意な少年として育った。
「父が坊主で、それもあってか、筆と硯がいつも置いてあったでな。でも子どもの頃は、『おまえとこの親父は、人が死んで銭儲けしとる』ってようからかわれたもんや」。
中学を出ると、津市の親方の下で住み込み修業に。
「修行に入ったら、直ぐに親方から『お前は文字書き専門や』と言われて。月に最高でも500円の小遣いやった。せやで散髪して映画見たら仕舞いや」。
5年の修行を終え、職人の駆け出しとなった。
「昭和31年の4月や。初めてもうた給料が、40倍の2万円も入っとって、えろうびっくりしてもうてな」。
明けても暮れても、トラックに会社名を書く毎日が続いた。

「多少歪んどってもかめへんでって言われて。ちょうど津に陸運局があったもんで、尾鷲や四日市からも新車が登録のために、次々とやって来て大忙しやった」。
昭和38年、知り合いの紹介で玲子さんと結ばれ、二男一女を授かった。
翌年、晴れて独立開業。
「自動車の文字書きから看板、香典袋、表札、それと弔辞の挨拶文に結納の目録まで。とにかく何でも書きよったさ」。

徹さんは文字書き一つで、一家5人を支えぬいた。
「昭和41年頃やったやろか。『ごめんください』ゆうてな、自衛隊の制服着た若者が入って来たんやさ。『わしは字が下手やで、彼女に手紙書いてまえんか』ゆうて」。

男は便箋3枚を取り出した。
「そんなん恋文なんてもん、自分のんもよう恥ずかして書かなんだに。それにしてもあんまり真剣やったで、和紙に墨で書いて折り畳むようにしてやったんさ。そりゃもう甘い言葉が綴られとって、こりゃあ硬い字ではあかん、そう思て行書で書いたんやさ」。

すると男が代金を問うた。
「せやけど、車みたいに10年20年と使うもんやなし、恋文なんて1回こっきりのことやで、安うしといたったさ」。

その後、男が現れることはなかった。
「結ばれとってくれりゃええが。まあ、わしが真心込めて書いた、初めての恋文やったで、きっと思いは通じたやろ」。透さんは遠くを見詰め、無邪気に笑った。
「なんちゅうても、わしら文字書きの代筆屋にとったら、筆が命やさ。軽自動車1台分ほどするええ筆つこたら、たちまち人気が出て、仕事もはよなるし、腕も上がる。まあお迎えが来る日まで、まだまだ書き続けやんと」。

代筆一筋60年。
しかし後にも先にも、たった一回限りの恋文代筆屋。
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トラックの看板は各県個性ありましたね
今でも、長野県は独特ある看板
やはり
あれは書く人のクセ字
でもあれが
トラックドライバーの視点でみると
あっ、○○県にきたな~
ッて感じるんです
なるほどねぇ!
確かにそう言われて見れば、トラックを眺める視点もかわりそうだなぁ。
軽自動車一台分ほどする筆を買い求めるとは勇気がいるわぁ。でも、それで仕事がはかどるなら言う事なしなのかも。
職人さんは、道具に拘り、とっても大切にされますものねぇ。
恋文代筆
本当にこんな仕事があったとは・・・
ドラマの世界だけかと思いました。
昔を思い出すと告白!緊張したなぁ~⤴
でもさぁ~⤴
私の場合「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」だったから
一瞬、緊張したけど、緊張するヒマなかった!
だって次から次へと声掛けていたからさぁ⤴
まぁ~⤴恋多き男だもんねぇ!
さすが!恐れを知らぬ、「名にし負う」天下の落ち武者殿だなぁ。
その隠れたるエネルギーたるや!
そんなエネルギーに満ち溢れていたのなら、わざわざフラれてばかりではなく、もっと社会のために有効活用していたら、今はどうなっていたことやら?
トラックに颯爽と名前を書くのもカッコいいけど 恋文の代筆…ロマンチック♡
4,5年前に『ツバキ文具店〜鎌倉代書屋物語』というドラマが放送されました。
とってもあったかい内容でしたよ。
毎日 何かしら字を書いてる私。
昨夜は 甥っ子と姪っ子の入学祝いに これから幸多かれと願って 一筆書いて添えることにしました。
誰かのことを想いながら字を書くのって良い時間だなぁ〜と毎回思います( ◠‿◠ )
肉筆から伝わる温もりって、プリンターから吐き出される無機質な文字とは、全然違いますものねぇ。
例え文字がペン習字の先生のように上手に書けなくっても!
町内の習字の先生に、以前は毎年、町内野球の賞状を書いて頂いていたことを思い出しました!今はパソコンなのですが、あの頃が懐かしいですね。だってそれっきり先生に会わなくなっちゃったから、、、。
歪んだり、ちょっといびつでも、手書きだとその方の筆圧まで感じられていいものです。