「天職一芸~あの日のPoem 393」

今日の「天職人」は、三重県松阪市の「恋文代筆屋」。(平成22年11月20日毎日新聞掲載)

いつも電車で乗合わす 名前も知らぬお嬢さん          何時の間にやら片思い つい駆け込んだ代筆屋          改札口で待ち伏せて 「好きです」と声震わせて         恋文出して気が付けば 「ママ何それ?」とはしゃぎ声

三重県松阪市の恋文代筆屋、中村透さんを訪ねた。

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「女道楽なら、まだカッコよろしで。でもわしの場合は筆道楽。せやで筆見るとなんやムラムラしてもうて、つい手が出てまうんやさ。そやなあこの60年間で、5~600本はこうたやろな」。透さんは、大きな筆箱を広げた。

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透さんは昭和10(1935)年に誕生。

「兄弟は8~9人で、たぶん上から3~4番目やろ。昔のことやで、ええ加減なもんやさ」。

楷書の得意な少年として育った。

「父が坊主で、それもあってか、筆と硯がいつも置いてあったでな。でも子どもの頃は、『おまえとこの親父は、人が死んで銭儲けしとる』ってようからかわれたもんや」。

中学を出ると、津市の親方の下で住み込み修業に。

「修行に入ったら、直ぐに親方から『お前は文字書き専門や』と言われて。月に最高でも500円の小遣いやった。せやで散髪して映画見たら仕舞いや」。

5年の修行を終え、職人の駆け出しとなった。

「昭和31年の4月や。初めてもうた給料が、40倍の2万円も入っとって、えろうびっくりしてもうてな」。

明けても暮れても、トラックに会社名を書く毎日が続いた。

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「多少歪んどってもかめへんでって言われて。ちょうど津に陸運局があったもんで、尾鷲や四日市からも新車が登録のために、次々とやって来て大忙しやった」。

昭和38年、知り合いの紹介で玲子さんと結ばれ、二男一女を授かった。

翌年、晴れて独立開業。

「自動車の文字書きから看板、香典袋、表札、それと弔辞の挨拶文に結納の目録まで。とにかく何でも書きよったさ」。

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徹さんは文字書き一つで、一家5人を支えぬいた。

「昭和41年頃やったやろか。『ごめんください』ゆうてな、自衛隊の制服着た若者が入って来たんやさ。『わしは字が下手やで、彼女に手紙書いてまえんか』ゆうて」。

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男は便箋3枚を取り出した。

「そんなん恋文なんてもん、自分のんもよう恥ずかして書かなんだに。それにしてもあんまり真剣やったで、和紙に墨で書いて折り畳むようにしてやったんさ。そりゃもう甘い言葉が綴られとって、こりゃあ硬い字ではあかん、そう思て行書で書いたんやさ」。

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すると男が代金を問うた。

「せやけど、車みたいに10年20年と使うもんやなし、恋文なんて1回こっきりのことやで、安うしといたったさ」。

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その後、男が現れることはなかった。

「結ばれとってくれりゃええが。まあ、わしが真心込めて書いた、初めての恋文やったで、きっと思いは通じたやろ」。透さんは遠くを見詰め、無邪気に笑った。

「なんちゅうても、わしら文字書きの代筆屋にとったら、筆が命やさ。軽自動車1台分ほどするええ筆つこたら、たちまち人気が出て、仕事もはよなるし、腕も上がる。まあお迎えが来る日まで、まだまだ書き続けやんと」。

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代筆一筋60年。

しかし後にも先にも、たった一回限りの恋文代筆屋。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 393」」への10件のフィードバック

  1. トラックの看板は各県個性ありましたね
    今でも、長野県は独特ある看板
    やはり
    あれは書く人のクセ字
    でもあれが
    トラックドライバーの視点でみると

    あっ、○○県にきたな~
    ッて感じるんです

    1. なるほどねぇ!
      確かにそう言われて見れば、トラックを眺める視点もかわりそうだなぁ。

  2. 軽自動車一台分ほどする筆を買い求めるとは勇気がいるわぁ。でも、それで仕事がはかどるなら言う事なしなのかも。

  3. 恋文代筆
    本当にこんな仕事があったとは・・・
    ドラマの世界だけかと思いました。
    昔を思い出すと告白!緊張したなぁ~⤴
    でもさぁ~⤴
    私の場合「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」だったから
    一瞬、緊張したけど、緊張するヒマなかった!
    だって次から次へと声掛けていたからさぁ⤴
    まぁ~⤴恋多き男だもんねぇ!

    1. さすが!恐れを知らぬ、「名にし負う」天下の落ち武者殿だなぁ。
      その隠れたるエネルギーたるや!
      そんなエネルギーに満ち溢れていたのなら、わざわざフラれてばかりではなく、もっと社会のために有効活用していたら、今はどうなっていたことやら?

  4. トラックに颯爽と名前を書くのもカッコいいけど 恋文の代筆…ロマンチック♡
    4,5年前に『ツバキ文具店〜鎌倉代書屋物語』というドラマが放送されました。
    とってもあったかい内容でしたよ。
    毎日 何かしら字を書いてる私。
    昨夜は 甥っ子と姪っ子の入学祝いに これから幸多かれと願って 一筆書いて添えることにしました。
    誰かのことを想いながら字を書くのって良い時間だなぁ〜と毎回思います( ◠‿◠ )

    1. 肉筆から伝わる温もりって、プリンターから吐き出される無機質な文字とは、全然違いますものねぇ。
      例え文字がペン習字の先生のように上手に書けなくっても!

  5. 町内の習字の先生に、以前は毎年、町内野球の賞状を書いて頂いていたことを思い出しました!今はパソコンなのですが、あの頃が懐かしいですね。だってそれっきり先生に会わなくなっちゃったから、、、。

    1. 歪んだり、ちょっといびつでも、手書きだとその方の筆圧まで感じられていいものです。

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