「天職一芸~あの日のPoem 391」

今日の「天職人」は、岐阜県郡上市栗巣の「山葵下ろし職人」。(平成22年10月23日毎日新聞掲載)

山葵下ろしのせいにして 父はボロボロ涙した         「晴れの席よ」と母の声 金の水引鶴と亀           「お転婆者と案じたが 見違えるほど綺麗だ」と         父は手酌で赤ら顔 箸も付けずの祝い膳

岐阜県郡上市栗巣の頑固屋、山葵下ろし職人の鷲見すみ明さんを訪ねた。

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穢れを知らぬ真っ黒な(まなこ)を見開き、ヨチヨチ歩きの幼子が駆け寄る。

男はたちまち相好を崩し、体の大鋸(おが)()を払い抱き上げた。

「孫とちゃいますに。これでも娘なんやさ」。明さんは、照れ臭げに娘に頬ずりをした。

明さんは昭和35(1960)年、兼業農家で4人兄弟の3男として誕生。

専門学校を出ると、陸上自衛隊明野航空学校で航空整備を担当。

昭和58年、国家試験に合格し航空管制官となった。

その後、各地の駐屯地で勤務し、平成6年に退官。

「ヘリの操縦免許を取りたくって、バイトして留学資金を貯めとったんです」。

翌年35歳で渡米。

平成8年、操縦免許を取得し帰国した。

「不景気で就職先がなくって。そしたらバイト先だった運送会社から、新事業を一緒に始めんかと誘いが」。

だがその準備中に、高熱が続きお多福風邪に。

郡上へと舞い戻り、1ヶ月の養生を続けた。

「新事業も断念し、これから何をしようかと、半年ほど悩み抜いて鬱状態になってしまって」。

すると地元の知人から声が掛かった。

「サメの皮で、山葵下ろしやってみんか」と。

だが全くの未知の世界。

何はともあれ、サメの皮探しから始めた。

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「そしたら刀剣の柄巻師さんを紹介してもらえて。その方と一緒に、東南アジアを探し回ったんやて」。

サメ皮の仕入先は見つかったものの、下ろし作りは全くの素人。

「試行錯誤の連続やさ。他所の下ろしを取り寄せて研究したり。でも他所のは、サメ皮が剥がれやすいんやわ」。

またしても接着剤探しに奔走する日々が、3ヶ月も続いた。

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「山葵は口に入れるもんやで、サメ皮を貼る接着剤の成分は、食品衛生法で定められた無害な物じゃないといかんし」。

商品化までに、延べ2年以上の歳月が費やされた。

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平成18年、美代子さんと結ばれ、やがて一女が誕生。

「お多福風邪をこじらせたで、子が出来たって言われ、最初はほんまびっくりやったわ。でも神さんが、授けてくれたんやろな」。

山葵下ろし作りは、広葉樹の(しら)()で加工された下ろし板の、サメ皮を張り付ける接着面を、1つ1つ手で加工することに始まる。

「接着面をきれいに加工し過ぎると、摩擦力が弱まってサメ皮が剥がれ易くなるんや」。

そしてサメ皮の裏面にも、同様の処理を施す。

次に下ろし板とサメ皮に接着剤を塗布し、陰干しで乾燥。

さらにもう一度接着剤を塗布し、乾き切る寸での所で万力に掛け、その後圧着したまま2~3日陰干し。

最後にサメ皮のバリ(余分な部分)を研磨機で落とし、皮の表面に飛び出した接着剤を、千枚通しを使い1穴1穴取り除けば完成。

気も遠のくほど細やかな作業だ。

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「サメ皮の表面には、無数のちっこい毛穴のようなもんが開いとって、そこから接着剤が滲み出るで」。

どんなに頑張っても、1日50個が限界とか。

山葵下ろし職人の足元には、愛娘がいつまでも纏わり付いていた。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 391」」への11件のフィードバック

  1. 郡上と言うと桜間見屋のニッキ飴、明宝ハムを思い浮かべますがわさびも採れるのですね。鮎の時期に訪れて一日ゆっくりしたいです。

  2. 30数年前の社会人の頃 会社の慰安旅行で長野県のわさび園に行った事があります。とにかく水がきれいで…。
    お店でお蕎麦を注文すると 山葵と一緒に小さな山葵下ろしが。円を描くようにクルクルって( ◠‿◠ )
    当時は 良い山葵だから あまり辛くないって思ってたけど 山葵下ろしの効果もあったんですよね。
    最近 お刺身を美味しく食べる為のお醤油を購入したので せっかくだから 山葵下ろし 探してみようかな⁈

    1. コロナの巣籠りにゃあ、そんな山葵おろしの一手間も、料理を引立ててくれる、名脇役ですものね。

  3. お蕎麦屋さんで、ざる蕎麦と一緒に山葵が一本と、サメ皮の山葵下ろしと、残った山葵を持ち帰る為のビニール袋がお盆に乗って出て来た事がありました。山葵を下ろしながら(お〜っ!これがかのサメ皮下ろし器かぁ)と心の中で呟いたのは遠いむ・か・し。

    1. あのちょっともったいぶった演出もいいものです。
      自分で円を描くように山葵を摩り下ろす。
      その一手間が、また美味しさを誘ってくれるのかも知れませんよねぇ。

  4. わ〜 ❖ サメ皮のおろし器だ〜 ❖
    これで くるくるして 直ぐのワサビは サイコ~ です (◍•ᴗ•◍)❤ 
    少し多めにのせても 辛さが優しいから、『 わ〰 から〰 。:゚(;´∩`;)゚:。』とはならないんですよね (◠‿・)—☆

    大根もワサビも 優しくゆっくり くるくるくるくるですね (◠‿◕)

    ❣️ 花筏 花じゅうたん きれい ❣️

    1. そうそう!優しくゆっくり くるくるくるくるですよね。
      怒って下ろすと、辛くなっちゃうようですものね。

  5. 山葵田は水が綺麗なところにあるのですね。大垣市の曽根城公園近くにも山葵田があります。近くには自噴水の出る場所もあって。水が香る街です。

    1. 確かに大垣は、水都ですものねぇ。
      清らかな水で育った山葵だからこそ、あの際立つ香りと味なんでしょうね。

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