「天職一芸~あの日のPoem 390」

今日の「天職人」は、三重県熊野市遊木町の「戻りサンマの丸干し職人」。(平成22年10月16日毎日新聞掲載)

破れ団扇で火を(おこ)しゃ 背なの妹煙たがる            (ゆう)()港に陽が落ちりゃ (とう)の漁船が沖目指す           朝日に染まる熊野灘 大漁旗を(ひるがえ)し               戻りサンマを山積みに (とう)が港へ引き返す

三重県熊野市遊木町、干物の浜峰商店。二代目干物職人の浜口克成さんを訪ねた。

「熊野灘を下る戻りサンマは、荒波を泳ぎ抜いて来るで、わしらとちごてメタボやないんさ」。克成さんは、港から沖を眺めた。

「ここらは、300年の伝統を誇る、サンマの刺し網漁発祥の地やで」。

港に舫われたサンマ船が、出港の時を待つ。

克成さんは昭和27(1952)年、5人兄弟の長男として誕生。

「魚屋の三男坊やった父が、復員後サンマ船を持って漁を始めたんさ。ところが4歳の時に大不漁で、家を取られてもうて。その後、新宮(和歌山県)に間借りし、魚屋を始めたんやさ」。

昭和34年、親類の助けを借り、遊木町へと戻った。

「そしたら今度は、伊勢湾台風に見舞われてもうて。船が家の中へ飛び込んで来るんやで」。

小学生時代は、もっぱら父の仕事を手伝った。

「父は正直もんで、お客さんらに『美味しいわ』と喜んでもらうために、骨身を削って働き詰めたんさ」。

それから10年。

ボロ雑巾のようになるまで、働き通した父は、過労が祟り急逝。

「その年、高校を2年で中退し、店継いで父が失った家を取り返すと(ちこ)たんさ。妹たちの面倒もみやんならんで」。

従兄弟の船長から「魚屋やんなら、魚場を勉強せえ」の一言で、漁船に乗り込んだ。

「えらい月給がようて。でもそのお陰で、魚獲ってからの処理も覚えたんやさ」。

昭和45年、中古の軽トラを月賦で手に入れ、母と二人で浜峰商店を再興。

行商を始めた。

「父から干物の加工方法は、じぇんぶ教わっとったし、塩の塩梅は母が覚えとったで」。

母と子の商が続いた。

昭和52年、海山町(現・紀北町)から幸美さんを妻に迎え、二女が誕生。

「当時は今とちごて、まだ鮮魚もやりよったんさ。それで鰹問屋やった女房の実家へ仕入れに行ったら、どこでどう間違(まちご)うたんか、嫁まで仕入れてもうて」。

天下に誇る浜峰の戻りサンマの丸干しは、潮目と月の満ち欠けの見定めで決まる。

「サンマの腹ん中が空っぽになって、カンピンタンのペラッペラになる、まだ夜も明けやん(あさ)(やみ)獲りが一番なんやさ」。

写真は参考

水揚げされたばかりのサンマを、永年の目利きで競り落とす。

(けつ)の穴が閉じとるやつがええ」。

サンマに天然海塩を振り掛け、手もみし木桶に一晩漬け込み低温熟成。

「手もみすると、その日のサンマの表情が見えますやん」。

翌朝、熊野山麓の天然水で塩出し。次に尻尾を2匹で1つに縛り、丸2日天日に干せば出来上がり。

写真は参考

「まだ新物やないけどどうや?」。

そのまま大胆に、手掴みで噛り付いた。

何とも言えぬ噛み応えと、肉汁の甘味が広がる。

特に(はらわた)はこの上なく絶品だ。

「せやろ。水揚げしたばかりの、刺身でも食えるサンマを、わざわざ干物にしたるんやで、うも(=うまく)ないはずがない。潮の香りを封じ込めた贅沢な干物やで」。

後4日、熊野の戻りサンマ漁が解禁日を迎える。

このブログのコメント欄には、皆様に開示しても良いコメントをドンドンご掲示いただき、またその他のメッセージにつきましては、minoruokadahitoristudio@gmail.comへメールをいただければ幸いです。

投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 390」」への8件のフィードバック

  1. なんと贅沢な干物!
    はらわたも 新鮮じゃないとホント美味しくないから。
    七輪で焼きながら 煙と香りで まずプッハ〜。サンマを裏返して プッハ〜。
    焼き上がったサンマを両手で持って 真ん中からかじりつく!
    いいよね〜( ◠‿◠ )
    その贅沢な風景 堪りません(笑)

    1. いや~っ、想像しただけで、口の中が干物三昧で、キリン一番搾りを煽りたくなってしまいました~っ!

  2. 以前に戴いたサンマの開きは、骨まで食べる事ができ塩の塩梅も良くて美味しかったなぁ⤴️たしか、三重県のお土産だったはず。

    1. おんなじように見える干物でも、その出来栄えや塩加減に、乾燥具合が微妙に異なりますよねぇ。
      それが見定められるようになったら、当たりハズレの確立も変わるんでしょうけどねぇ。

  3. さんま丸干し・・・
    大好き!
    これで「プッハァ~⤴」最高!
    後は、味噌汁と漬物があれば言う事なし!
    ご飯2,3杯はいけそ~~ぅ!
    日本人に生まれて良かった⤴

    1. やっぱり焼き立て、炙り立ての干物はもう贅沢極まりない逸品ですよねぇ!
      もちろんぼくなら、焼き立て炙り立てのサンマの丸干しを手掴みでいただきつつ、キリン一番搾りで乾杯です!
      ところで下戸な落ち武者殿は、やっぱり渋茶ですか?

  4. 父がまだ生きてた頃、三重の友人からよく送られてきてました。新聞紙にくるまれて半乾きの秋刀魚が。焼いて食べるも良し、昆布巻きにしたりと堪能させてもらいました。生の秋刀魚を焼くより骨も軟らかく全部丸ごと食べてました。懐かしい味です。

    1. なんとも言えぬ、自然の力のハーモニーが織りなした、風味豊かな逸品ですものねぇ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です