「天職一芸~あの日のPoem 295」

今日の「天職人」は、愛知県弥富町又八(現・弥富市)の、消えゆく昭和の貴婦人「白文鳥繁殖家」。(平成20年10月7日毎日新聞掲載)

片一方の靴下に 願いを託し枕元                母に言われるまでもなく 早寝を決めてサンタ待つ        寝惚け眼(まなこ)を見開けば 枕の側に籠の鳥         赤い嘴(くちばし)白い羽根 貴婦人のよな白文鳥

愛知県弥富市で白文鳥の繁殖家を務める三代目の大島静雄さんを訪ねた。

愛知県弥富町又八は、手乗りの白文鳥、繁殖の里。

最盛期の昭和40年代には、弥富町だけでも300軒の農家が副業とした。

しかし現在ではわずかに7軒。

高齢者が細々と繁殖を手掛ける。

「まあわしで仕舞いだわ。又八のみんなで守って来たもんを、今わしの手で消そうとしとるんだで」。老人は鳥小屋の中から白文鳥の雛を取り出し、皺深い目元に薄っすらと涙を浮かべながら寂し気につぶやいた。

白文鳥の歴史は幕末に遡る。

元治元(1865)年ごろ、犬山藩の武家屋敷へ奉公に上がっていた「八重女(やえめ)」という女中が、又八の大島新四郎方に嫁ぐ際、桜文鳥を貰い受け持参した。

やがてそれが繁殖を繰り返す中、突然変異の亜種として白文鳥が誕生。

「それを繰り返しかけ合わせ、昭和の始めから今の白文鳥として世に送り出したんだわ。他の文鳥とは違い貴婦人みたいで値が張るで」。

静雄さんは大正14(1925)年、この家の長男として誕生。

終戦後大学を出ると、小中学校の教壇に立った。

3年後、名古屋市港区から美代子さんを妻に迎え、二男六女を授かった。

「今は孫が15人に曾孫が3人もおるで、よう名前も覚わらんわ」。

静雄さんが三代目を名乗れるのは、妻美代子さんの支えがあったればこそ。

家事に子育て、おまけに舅姑(きゅうこ)の世話と野良仕事。

その合間を縫い白文鳥の世話に明け暮れた。

「わしは定年後、公民館で5年館長を務め、65歳でようやく三代目らしい白文鳥の世話を始めたんだわ。女房に教(おそ)えてまって」。

白文鳥の80年の歴史は、決して平坦な道程ではなかった。

終戦直前の空襲で鳥小屋が焼かれ、餌にもこと欠き壊滅状態に。

「そんでも近所の家に10羽ほど隠してあったんだて。戦後はその10羽から再出発だわさ」。

戦後白文鳥は平和の象徴として、一大ブームを巻き起こした。

「だが今度は伊勢湾台風だわ。鳥小屋が水に浸かってひっくり返ってまって、鳥もみんな逃げ出して。いよいよ今度こそ壊滅かと。そしたら2階で飼っとった農家の文鳥が助かって」。

再び昭和40年代に大ブームが到来し、台湾への輸出も盛んになった。

しかしその後、台湾で繁殖が始まり、逆輸入の憂き目に。

「わしら昔も今も1羽たったの1000円だわ。鳥屋じゃあ、つがいで8000円もするに。技術も手間も愛情も、人一倍かかるのに儲けはあれせん。だから若い者(もん)らは誰(だあれ)もせえへんて。それに今の子らは、手乗り文鳥よしか、テレビゲームの方がええんやで」。

弥富名産の白文鳥。

最後の繁殖家は苦しげにつぶやいた。

「もうわしに出来ることは、この村で白文鳥が誕生したことを、後の世に残すことだけだわさ」。

昭和を生き抜いた白文鳥は、間も無く空の彼方へと消え入ろうとしている。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 295」」への7件のフィードバック

  1. おはようございます。

    白文鳥繁殖家のお話ですね。

    私は、白文鳥繁殖家が、見える事知りませんでした。ブログで、勉強になりました。

    (写真)白文鳥さん可愛いですね。

    私は、家で文鳥を、見た事が、有りません。

  2. 小学校の鳥小屋の掃除をした事があります。家に帰ってから気付いたのですが、髪の毛に糞がぁ⤵️オカダさんは鳥を飼ったことは?どう?

    1. いきものがかりでしたかぁ!
      ぼくん家は、ジュウシマツとカナリアを飼っていました。

  3. 「天職一芸〜あの日のPoem295」
    弥富の白文鳥綺麗ですね。ずーと見ていられます。

    我が家に飛んで来たのはムクドリで、何気なく透明なガラス越しに外を見ていると、こちらに向かって来るので、 急旋回でもするのかなぁ!?と、そのままガラスにぶつかって気を失ってしまいました。えっ!えっー!そんな事って⁇
    しばらくしたら 元気に飛んでいきました。良かったです。

    1. ぼくの家のベランダにも、ムクドリがやってきたものでした。
      でもガラス窓に突入しては来なかったですねぇ(笑)

  4. ホントまるで貴婦人! 凛としてて…。
    白文鳥の周りに透明なバリアがあって 何者も寄せ付けない感じがします。
    形ある物を引き継ぎ残していくのも大変なのに ましてや命あるものを代々残していく事は 本当に難しいんですね。
    消えちゃうのかなぁ〜
    寂しいよ。

    1. 近所の友達の家には、手乗りの白文鳥がいて、羨ましかったものです。
      何度強請っても白文鳥は高級でとても飼っては貰えず、その代わりにわが家で飼って貰ったのはジュウシマツでしたぁ!

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