「天職一芸~あの日のPoem 294」

今日の「天職人」は、津市大門の「天むす屋女将」。(平成20年9月30日毎日新聞掲載)  

紅葉色付く境内で 床机(しょうぎ)に君と二人掛け       差しつ差されつ美酒に酔い 往く秋惜しむ虫の音に        経木の包み君は解き 紅葉を皿に天むすを            キャラブキ添えて移し変え 「秋をお一つ召し上がれ」

津市大門「天むすの千寿」二代目女将、仲村磯路さんを訪ねた。

午前十時。

開店のため暖簾を出そうとする店員を押しのけるように、待ち侘びた一番客が店内へと雪崩れ込む。

カウンターで仕切られた、小さな調理場。

中央の柱には下向きで扇風機が回り、その風を受けながら真っ赤な掌が次から次へと天むすを握り上げる。

「ご飯は炊き立ての熱(あっつ)い方が握りやすいんやさ。そやでいつの間にか掌が真っ赤に熱で焼けてもうて」。磯路さんは年季の入った両の掌を、扇風機に翳した。

天むすの由来は、昭和30年代初頭に遡る。

当時天ぷら屋を営んでいた初代女将の水谷ヨネが、忙しい中でも栄養のある昼食を夫にと、車海老の天ぷらを切っておむすびに握ったことに始まる。

「先代は元芸者さんで、旦那さんと駆け落ちして満州へ。戦後引き揚げてここで天ぷら屋を開いたんです。いつも口癖のように『本妻よりも早よ死なしてはならん』言うて、旦那さんにえらい尽くされたそうなんさ」。

三代目を継ぐ磯路さんの長女、福田尚美さんは注文に追われる母を見つめた。

「昭和43(1968)年頃から母がここで働くようになって、それから10年程して母が二代目を継がしてもうたんです。だから名古屋大須の分家は、それから後に初代から暖簾分けしてもうたんやさ」。

尚美さんは同県紀北町で昭和40(1965)年に誕生。

昭和60(1985)年、専門学校を出て医療事務に就き、2年後、母の店を本格的に継ぐことに。

名代の天むすの決め手は、何と言っても海老。

まず頭と背腸(せわた)を取り皮を剥く。

衣の生地に絡め、特注油でカラッと揚げる。

「昔は伊勢湾で水揚げされた小ぶりで甘い『ダルマ海老』でしたんさ。でも今はもう取れやんで『アカシャ海老』なんさ」。

客の注文を受けてから海老を揚げ、磯路さんの年季の入った掌が、小ぶりな天むすを握り上げ海苔を巻き付ける。

「三角の頂点を人間の首に見立て、両肩にショールのように海苔を巻くんやさ。初代が天むすを商品化した頃、丁度皇后様のご成婚の時やって、それをテレビで見てヒントにしたそうやわ」。

ヒノキの皮に紙を手貼りした経木に、握りたての天むすを六個とキャラブキを添え、ヒノキの皮紐で捻り止めれば完成。

「一度で最高に食べはったんは、お相撲さんの50個やったやろか」。

天むす5個で2膳の分量。

多い日は2500個から3000個が握られる。

尚美さんは平成6(1994)年、志摩市出身のプロゴルファー寿和さんと結婚。

一女に恵まれた。

「結婚したての頃、夫はツアーで不在がち。私はきりきり舞いで母と天むす握って」。

尚美さんが掌を広げた。

磯路さんの真っ赤な掌に比べ、ずいぶんと桃色だ。

日本一天むすを握り続けた母の掌には、まだまだ到底及ばない。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 294」」への11件のフィードバック

  1. ブログで食べ物が紹介されると すぐ「食べたいなぁ〜」って思っちゃうから困っちゃうんですよ(笑)
    先日も早速「弘法庵」に行って うどんを食べて来ました( ◠‿◠ )
    もちろん一人で行って 食べて サッと帰って来ましたよ。
    美味しかったなぁ〜。
    天むすって あのふんわりとした握り方や絶妙な塩加減 あと きゃらぶきが合うんですよね。
    巻いてある海苔が ショールに見立ててあったとは…。さすが女性職人さん!

  2. 千寿の天むす、食べた事がありますよぉ。美味しいよねぇ、キャラブキも⤴️美味し過ぎてついつい食べ過ぎてしまう。オカダさんは、どう?

    1. ぼくも千寿の天むすは、絶品だと思いますよ!
      でも、ビールにゃあちょっと・・・(笑)

  3. こんばんは。天むすは名古屋名物と思っていました。新幹線ホームで買い求めたことがあったからです。昭和57年から2年間ほど、津市に仕事で通いました。近鉄江戸橋駅から上浜町方面に通っていたので大門方面にはあまり行きませんでした。お店のホームページもあるので一度行ってみたいです。多賀町のそば吉さん経由で千寿さん、と言ったグルメ旅がしたいものです。ところで、その頃、三重会館に真っ赤な服装をされた「メリーさん」がベンチに座ってござって、学生と拝見しに行ったことがありました。

    1. へぇーっ、真っ赤な服装をされた「メリーさん」ですか!
      もしかして夢の中を心地良く彷徨っていらっしゃる方なんでしょうかねぇ???

  4. 「天職一芸〜あの日のpoem 294」
    「天むす屋女将」
    天むすブームの時代があったような気がしてます。美味しそうですね。

  5. *初めての天むす*
    何十年前だったか?
    会社の上司がお土産で買ってきた下さった天むすは エビがニョキッ!と出ていたような気がします。

    天ぷら好きの私 時々食べたくなりますが 千寿さんの天むす 近くで買えると嬉しいんですけどね (●^o^●)

    「千寿 」 お酒の銘柄と同じですね~
    (@^▽゜@)ゞ

    1. そうですねぇ。
      久保田の千寿で天むすを肴に一杯!!!
      堪りませんねぇ!

  6. おはようございます。
    天むす屋女将のお話ですね。
    私は、天むすは好きです。
    最近天むす食べてませんね。
    写真の天むす美味しそうですね。

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