「天職一芸~あの日のPoem 285」

今日の「天職人」は、愛知県犬山市の「げんこつ職人」。(平成20年7月1日毎日新聞掲載)

つい悪戯が度を越して 今日も廊下でバケツ持ち        「今度やったら拳骨よ」 美人の先生呆れ顔           職員室で先生が 半紙の包みそっと開け            「次はげんこつ違いよ」と 犬山銘菓差し出した

愛知県犬山市で創業百七十年の厳骨庵、六代目げんこつ職人の森川徳太郎さんを訪ねた。

「『鄙(ひな)びた町』ならまんだええけど、もうここらはすっかり『萎(しな)びた町』だでかんわ」。徳太郎さんは、なんとも自虐的に笑い飛ばした。

なるほど店先を行き交う人の姿も、ほとんど見当たらぬありさま。

幅員の狭い旧道沿いには、唯一城下町の面影が今でもわずかに偲ばれる昔家並みと、現代風の家屋とが交差する。

徳太郎さんは昭和13(1938)年、4人兄弟の長男として誕生。

高校を出ると直ぐに家業に従事した。

「勉強の出来が悪いで、一番ビリから先生に蹴飛ばされて高校卒業させてまったんだって」。

厳骨庵の「げんこつ」は飴にあらず。

「飴のようだけど、口の中でサラッと溶け出す感覚は飴じゃなし。私もどう表現したらええかそれがわからんだわ。しいて言うなら黄粉の黒砂糖菓子やろか」。

げんこつ作りは、大豆を炒って黄粉にするところから始まる。

次に沖縄産の黒砂糖と水飴を大鍋に入れ、小一時間トロ火で溶かす。

そして小さな鍋にすくって煮詰め、手で触れる程度の温度まで自然冷却。

次に黄粉を手で練り込み、棒状に伸ばして切断機にかけ、三角錐の形状に切り落とす。

「昔は包丁で、拳骨に見立てて三角錐に切り落としとったんだわ」。

仕上げに黄粉を表面にまぶせば、170年前の素朴な郷土菓子が完成。

今ではビニール袋に密封されているが、昔は目方売りが中心。

その都度客の注文に応じ、紙袋へと詰め込んだ。

昭和38(1963)年、岐阜県出身の定子さんを妻に迎え二女をもうけた。

「朝早よからげんこつ作っては、店先に並べて。毎日毎日その繰り返しだわさ」。

翌年の東京五輪を機に、大量輸送時代が幕開け。

マイカーブームが到来。

行楽地犬山には、多くの観光客が押し寄せ城下町を漫ろ歩いた。

「春は人も浮かれ出すで、げんこつもよう売れた。そんでも一番の最盛期は、やっぱりお祭シーズンの秋だわ。何と言っても」。

保存料も添加物も一切不要。

昔ながらの製法そのままのげんこつは、湿度や温度の変化に敏感だ。

「出来立ては飴のような硬さでも、夏前の梅雨時になると湿気てげんこつが粉に戻ろうとしんなりするんだわ。そうなるともう売り物にならんで、昔は近所で貰ってまっとったんだて。そしたらある日お茶の先生から『このしんなり感が、絶妙な味わいだ』と褒められてなぁ」。

しんなりとした独特の歯ざわりが評価され、湿気たげんこつは再び和紙に包まれ「ラインの恋石」に生まれ変わった。

「犬山げんこつは季節を嗅ぎ分ける生き物だわ。今では黒砂糖の酷(こく)も甘さも味が落ちてきた気がするけど、頑張って昔ながらのいいんも作りてゃあでなぁ」。

徳太郎さんは徐にげんこつを頬張った。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 285」」への15件のフィードバック

  1. げんこつ飴 以前勤務先で利用者さん達と何度か作った事があります。
    素朴な甘さで やっぱり出来立てが一番美味しかった記憶が。
    我が息子は一度も食べなかったなぁ〜。
    ブログの最後の可愛い写真を見て思ったんだけど「ラインの恋石」って どういう意味なんだろう?
    恋のおまじないみたいな感じかな?

    1. 確かにそう言われて見ると!
      ライン川を真似た犬山のライン下りの河原の石を、恋の石に見立てたものだとばかり、勝手に思い込んでましたが・・・実は???

  2. 読ませて頂いているうちに早くも食べたくなりました。あの、しんなり感がエエんですね。後を引く甘さも丁度いいです。そういえば犬山へ行くと条件反射のように必ず買っていました。
    亡くなった、お父ちゃんも好きでした。
    厳骨庵さんのお店へ行ってみたいですが、とりあえず今日は、どっかで買ってくると思います。(^^) 早っ!

  3. 遠い親戚が犬山にいたからだったのか、子供の頃は『げんこつ飴』を良く口にする機会がありました。しかし、大人になるにつれて遠い味に。5年くらい前に犬山に行った時、久しぶりに口にしました。素朴で懐かしい味で、グゥ⤴️

  4. 犬山銘菓げんこつですね。
    懐かしい、初めて食べたのは50年ぐらい前かな?
    犬山に嫁いだ姉さんが実家に来る時は決まって、げんこつや外郎を持って来てましたね私も貰いよくたべましたよ。
    口の中に入れたときは硬いけど少し経つと柔らかくなり無くなってしまいます。きな粉の味が口の中いっぱいに広がり又一つと止まらなくなります。
    今では懐かしいゲンコツになりました。
    12月16日は姉さんの命日ですがお墓参りも行けなく残念ですが行くときがあったらゲンコツ買ってこようと思っています。

    1. お姉さんを偲びながらのげんこつ飴。
      げんこつ飴をまったりと口の中で味わっている間は、きっとお姉さまとの思い出も、一際鮮明でしょうね。

  5. 今晩は。
    げんこつ職人のお話ですね。

    ・げんこつと飴は、違うのですね。

    ・げんこつは、好きですね。 なめて柔くします。(溶かします。)

    ・私が、見た事有るげんこつは、谷松さんのげんこつと打保屋さんのげんこつです。

    ・げんこつ色々な味が、有りますね。
    素朴な味ですね。

    ・私は、犬山げんこつは、実物を、見た事が有りません。

    ・犬山げんこつが、有る事 ブログの記事を読んで知りました。

  6. *犬山のげんこつ*

    母親の割烹着のポケットは 魔法のポケット (@^▽゜@)ゞ

    でも 時には ちり紙に包まれたげんこつやニッキ玉も (;>_<;)

    息子ももちろん 大好き❗
    次は ママにお許しを貰えたら 小さな怪獣くん達にも 食べさせあげたいですね~ (●^o^●)

    1. 天然素材の、昔ながらの絶品ですものねぇ。
      ぜひとも小さな怪獣くんたちにも、郷土の味を覚えていてもらいたいものですねぇ。

  7. 昨年の12月14日の大黒ライブから今日で、1年になりますね!
    参加した人にいただけたオカダさんの「忘れないで!」の歌詞が書かれた赤いポストカードは、今も大切に飾っています♪
    令和2年は、コロナウイルス感染防止のため、三密をさけマスクをする新しい生活様式が始まりました!
    昨年の今ごろは、こんな生活様式が始まるなんて、思いもよりませんでした!
    今もなお、コロナになる人が増え続けていますが、1日でもはやい終息を願っています★
    そして、オカダさんのライブでファンの皆さんとともに応援できる日が来ることを希望しています。
    ヤマもモさん、腰痛をお大事にしてくださいね!

    1. 何ともありがたい励ましのお言葉、感謝感謝です!
      本当に心の支えです。
      それにあの落ち武者殿へのお気遣いまで!
      落ち武者殿も幸せものですねぇ!

  8. 「天職一芸〜あの日のpoem 285」
    「げんこつ職人」
    そうですよね。げんこつのアップの写真を見ているとお口の中は げんこつの味になりますよね。材料は黄粉と黒砂糖と水飴だったんですね。げんこつ好きの母が習ってきたと私が大きくなってから ごめんなさい かなり大きくなってから家でげんこつを作ってくれたときに 家でも作れるの?と思っていました。
    ホロホロとお口の中でとけてゆき味わい深かったです。食べたくなってきます。

    1. お母様お手製のげんこつ飴ですかぁ!
      これまた愛情たっぷりな一品ですなぁ。

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