「天職一芸~あの日のPoem 270」

今日の「天職人」は、愛知県岡崎市の「石版刷師」。(平成20年3月11日毎日新聞掲載)

今日の煮物はさつま芋 何だか嫌な予感した           父は箸止め芋睨み 「誰やオバQ彫ったんわ」          図工で習(なろ)た芋版画 復習しよと見渡せば         輪切りの芋がまな板に 彫刻等で腕試し

愛知県岡崎市、石版刷師(すりし)の深見充彦さんを訪ねた。

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「毎日仕事で一歩も外出んと、籠の鳥の状態ですわ」。充彦さんは、伏し目がちにこっそり笑った。

充彦さんは昭和33(1958)年、農家の長男として誕生。

大学院では美術を専攻した。

「普通なら美術の教師だったんですがねぇ」。

在学中、仏具の蒔絵を研究する同級生の女性に紹介され、碧南市の石板画作家を訪ねた。

「リトグラフの技法に興味がわいて、どんなものかと通い始めたんです。そこにはどうしたわけか、自然と詩人や作家、それに絵描きなんかが集まって来て。彼らとの人の輪が何より楽しくて。大学行かんと碧南通っとったくらいですわ」。

大学院を修了すると、長野県坂城町の刷師の下へと修業に入った。

昭和59(1984)年、同級生で蒔絵の研究を志していた由美子さんと結婚し、長野で新婚生活へ。

昭和61(1986)年、4年の修業を終え、長女の誕生を間近に控え岡崎の実家へと引き揚げた。

「最初は14畳ほどの農機具小屋にプレス機一台置いてのスタートでした。それも印刷屋のお下がりの石版刷機で」。

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今は立派に立て替えられた工房の一角を、懐かしそうに眺めながらそうつぶやいた。

だが所詮、無名の刷師。

仕事が勝手に舞い込むはずはない。

「仲間が回してくれるわずか数万円の仕事がやっと。不得手な営業しに名古屋の画廊を回ったもんだって。でも信用も実績も無いから、作品を見せろって言われるのがオチ」。

そんな努力が報われるような、大口の仕事が3ヵ月後に飛び込んで来た。

「150万円の大仕事でした。あんまりにも力入れすぎて、完成までに半年も掛かって。その分何回もやり直して、材料費も馬鹿にならず結局赤字でしたけど」。

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充彦さんは創業時を懐かしそうに振り返った。

翌昭和62(1987)年、夫婦は乳飲み子の長女を伴い渡米。

ニューメキシコ州のタマリンド・インスティチュート(石版画研究所)で、本格的な石版を学び己に自信を付けようと。

「『英語なんてしゃべれんでも、技術に言葉はいらん!』って強がって。親との同居も嫌だったし、それほど大変だなんて思わんと。若かったから、もう『矢でも鉄砲でも持って来い』って感じで」。

刷師の仕事はまず、原画に透明のフィルムを当てトレースし、輪郭線を石灰石や大理石の原版に写し取る作業に始まる。

次に描画材で輪郭線の内側に描画を施す。

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この原版作りは、原画の色の数だけ繰り返される。

通常でも30~40版は必要だ。

その後ハンドローラーに原画と違わぬ色を載せ、原版に刷り合わせプレス機にかける。

今やコンピューターで色分解の時代。

「でもやっぱり微妙な色の濃淡は、作家の癖を読み取って職人の勘で表現せんと」。

微妙と絶妙の差は、職人の色加減一つに委ねられる。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 270」」への7件のフィードバック

  1. 今や、コンピューターの時代
    段々!
    人間の手から離れてゆくんでしようかねぇ?
    近い将来、車も自動運転になる・・
    そんな日がくるとは・・
    オカダさんの「ほろ酔いライブ」だけは
    人間らしく気取らず、ホッと一息癒される
    ライブであって欲しいもんです。

    1. 確かにそうですよねぇ。
      じゃあぼくも、コロナ制圧後に、気取らず力まずほのぼのとしたLiveを開きたいと思います!

  2. 今晩は。
    石版堀師のお話ですね。石版堀師さんが見えたのですね。
    私は、知りませんでした。 ブログで、勉強になりました。
    石版堀は、手作業なのですね。

  3. 石版刷り 初耳だったから調べてみたけど 難しくてよくわからなかったです。
    どうして石版なんだろう?
    どんな歴史のもと 石版になったのか?
    etc…
    昔からの作品を見てみると これまた千差万別でますます難しくなっちゃいました(笑)
    けど ただ々単純に 素敵な作品が多かったです( ◠‿◠ )

    1. やっぱり石版ならではの、独特の風合いってぇものがあるんでしょうねぇ。
      ぼくも美術にはとんと馴染みがなくって・・・。
      これまたトホホ・・・です。

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