「天職一芸~あの日のPoem 269」

今日の「天職人」は、岐阜市八ツ寺町の「高等ライス職人」。(平成20年2月26日毎日新聞掲載)

明治生まれの爺ちゃんは 着物姿にパナマ帽           雨も降らぬに蝙蝠(こうもり)を コツコツ鳴らし町を行く

「馳走したろ」と洋食屋  おい」と爺ちゃん手を上げりゃ     オヤジも「ヘイッ」とうなづいて 高等ライスお目通り

岐阜市八ツ寺町の三河亭、四代目主人の中島稔さんを訪ねた。

何とも不思議な商品名の「高等ライス」。

米の等級を示すものなのではない。

無論、高等学校の給食に端を発したものでもない。

列記とした明治生まれの由緒ある商品だ。

白い丼に炊き立てご飯。

その上に自慢のカレーが盛られ、最上段に目玉焼きを冠した不思議な逸品。

「家は明治27(1894)年に、愛知県豊橋市出身の初代が創業したんやけど、当事のカレーと言えばちょっとした高級品。だけど『高級ライス』じゃ何や可笑しいし、挙句に思い付いたのが『高等ライス』だったんやて」。稔さんは、悪戯っ子のように笑った。

稔さんは同市でスポーツ用品店を営む森田家の三男坊として、昭和26(1951)年に誕生。

高校を卒業すると大阪へ出て、スポーツ用品の卸問屋に勤務した。

「一人暮らしで自炊の毎日やったわ」。

26歳の年に名古屋支店に転勤。

しかしその2年後、母が病に倒れ家業を手伝うため会社を辞した。

「ある時、ここの三河亭と付き合いのある客が、スキー用品を探しに来とって、そんなご縁で家内と見合いする話しになったんやて」。

見合いが終わると婿入りを前提に、三河亭で見習いを始め調理師免許を取得した。

昭和55(1980)年に中島家に婿入りし、一人娘の京子さんと結婚。

一男一女を授かった。

「30歳までに結婚せなかんと思って、切羽つまっとったで」。稔さんは照れ臭げだ。

「三代目は妻の父なんやけど、妻が7歳の時に若くして亡くなってまっとったんやわ。だで私は二代目の祖父に教え込まれたんやて」。

店の客は誰もが、新参者の稔さんより、遥かに三河亭の味に肥えた手練(てだ)ればかり。

「何しろあっち向いてもこっち向いても、先輩のお客さんばっかなんやって。お客さんの最高齢は90歳で、郡上から年に2~3回見えるんやけど、そのお歳でタンシチューを一度に二人前ペロッと召し上がるんやで」。

代々主人が自らの舌に叩き込んだ歴代の味。

少しでも異なれば、通い詰めた客にたちまち見破られる。

名代の逸品「高等ライス」は、小麦粉をオーブンで炒って何ヵ月も寝かし保存することに始まる。

炒って熟成させた小麦粉を取り出し、スープを加え肉や野菜と共に一時間ほど煮上げる。

そうして手間隙かけて仕込み上げた秘伝のカレーを丼飯の上に盛り付け、最上段に目玉焼きを載せれば114年前と寸分違わぬ高等ライスが完成する。

「ご年配の人にも贔屓にしていただき、お出掛けの時なんか、わざわざ寄ってくださり、家のカツサンド持ってかれるほどやて。まったくありがたい話しやわ」。

「育ての親は客だ」と言い切り、家伝の味を護り抜く。

天晴れ高等ライス職人。

このブログのコメント欄には、皆様に開示しても良いコメントをドンドンご掲示いただき、またその他のメッセージにつきましては、minoruokadahitoristudio@gmail.comへメールをいただければ幸いです。

投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 269」」への9件のフィードバック

  1. 三河亭!
    天職一芸で紹介されたお店、
    岐阜に居ながら、残念ながら行った事がないお店がほとんど⤴
    コロナが収束(終息)したあかつきには
    一店舗づつ制覇して行ければなぁ~~!と思います。
    まずは「丸デブ」ラーメン行こっと!

    1. そうそう、コロナの影響で、行動範囲が自ずと狭まってしまっていますものねぇ。

  2. そうなんですよね〜
    飲食店って お客様に育てて貰ってるんですよね?!
    「 高等ライス」きっとカレーの味が かなり美味しいんだろうなぁ( ◠‿◠ )
    まずはカレーだけの味を… 次に 目玉焼きを崩して… 次は ソースをちょっぴりかけたりして。
    タイムスリップしたかのように 昔の味を楽しめるなんて 感謝の一言ですね!

  3. 三河亭さん、以前は、よくランチをいただきました。いかにも洋食屋さんという感じが素敵でした。
    とっても美味しかったです。
    そうそう、高等ライスってメニューにありましたが、なぜか一度もいただいたことがなかったですわ〜っ。
    う〜ん、残念!

    1. メニューの品書きだけ見ると、何なんだろう???って、ちょっとたじろぎますよねぇ。

  4. 以前はオカダさんに会うために時々岐阜まで行ってましたが最近はさっぱり。このお店に行くために岐阜へ参るか!

    1. いずれにしてもコロナが、ぼくらの生活や、ものの考え方そのものを、根底から覆してくれた気がしますねぇ。
      コロナを乗り越えて、岐阜にも足を運びたいですよねぇ。

  5. 今晩は。
    高等ライス職人のお話ですね。
    明治27年創業老舗ですね。
    高等ライス美味しそうですね。
    私は、三河亭で実際に高等ライスを、食べた事が、有りません。外食は、しません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です