「天職一芸~あの日のPoem 266」

今日の「天職人」は、三重県伊勢市の「海苔問屋主人」。(平成20年1月29日毎日新聞掲載) 

火鉢の上でチンチンと ヤカンのお湯が音立てる         丸い卓袱台取り囲み 顔突き合わせ朝ご飯            まずは卵をかけようか? それとも海苔を巻こうかな?      茶碗片手に決めかねた 幼き冬の朝未だき

 三重県伊勢市の海苔問屋かねやす、三代目主人の笠井幹夫さんを訪ねた。

「どこやらの業界と違(ちご)て、海苔の入札には談合なんて一切ありませんのさ。だから買い付け人の眼力一つ。私も若い頃は、とんでもない物をようつかまされたもんですわ」。

幹夫さんは明治41(1908)年創業の海苔問屋で、昭和20(1945)年7月に一人っ子として誕生。

空襲警報が鳴り響き、人々が命からがら逃げ惑う敗戦の直前だった。

高校を卒業後、慶応大学へと進学。卒業後はそのまま大学院へ。

だがそこを一年で中退し、今度は東京芸大の大学院へと転校した。

「まだ父も若く、直ぐに家を継ぐ必要も無かったので、クラッシックを志しましてね」。

理解ある両親に恵まれ、幹夫さんは声楽の道を歩んだ。

テノールだったという声音には、奥深い響きが感じられる。

「わたしは三大テノールのドミンゴやなく、シミンゴですわぁ。ドミンゴがドまで出るとすれば、私はシまでしか出ませんでなぁ」。

だがさすがに、一人っ子の宿命から逃れることは出来なかった。

「23歳の頃から、入札の時期になると東京から戻っては父の手伝いをしたもんです。でも父は何にも言わん人で、とにかく見よう見真似でしたわ」。

昭和51(1976)年、秋田県出身のかず枝さんと結婚。男子二人を授かった。

馴れ初めは大学院三年の時の大学祭だったとか。

大学でコーラス部のかず枝さんと知り合い、半年後には結婚の約束を交わした。

「だんだん親も年を取って来て大変そうでしたし、大学院修了したら家へ戻ろうと思ってましたから」。

結婚の翌年、父は病に倒れ他界。

「子どもが生まれてちょうど二ヵ月でした。今思えば、それがせめてもの親孝行やろなぁ」。

海苔問屋の仕入れは、12月初旬頃の一番摘みから、春先まで年9回の競りで決する。

「有明より伊勢湾の方が、わずかに海苔の出来が遅いんやさ」。

寿司屋向けの板海苔には、8~12%の水分が含まれており、それを70℃で4時間乾燥機にかけ、水分を2~3%に飛ばして焼き海苔に仕上げる。

「真っ黒な海苔を炭火で焼くと、綺麗な緑色になるんやさ。美味しい海苔の見分け方は、第一に色艶。次に香りと味と柔らかさ。『香り良ければ味も良し』って、まったくその通りや」。

得意先の多くは関東。

老舗小売の海苔店に産地問屋として、神々住まう伊勢の海で揚がった、黒々と艶を放つ逸品を納め続ける。

「不思議なもんで、昔から食卓に海苔がないと始まらないくらい、家はみんな海苔好きで。ある時息子に言われましたわ。『海苔屋じゃなかったら、跡継がんかったわ』って」。

創業100年の伝統が裏付ける信頼の逸品は、四代に渡る店主の見事なまでの眼力が支え続ける。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 266」」への9件のフィードバック

  1. おはようございます。
    ・海苔問屋亭主のお話ですね。

    ・海苔は色々な種類(焼き海苔,きざみ海苔,味付け海苔等)が、有りますね。

    ・味付け海苔とご飯が、あれば食べれますね。シンプルで良いですね。

    ・私は、海苔は好きですね。家は、高級な海苔は、食べた事有りませんね。

  2. 最近は おにぎりや手巻き寿司を作らなくなったけど 昔は 焼き海苔二枚を中表にして 軽く火で炙ってから使ったものです( ◠‿◠ )
    いい香りがするんですよね〜。
    味付け海苔は 時々食卓に出してるけど なんせ息子達は ご飯の上にのせた味付け海苔をご飯に巻き付ける事が難しいらしく 結局 食事を全て食べ終えてから 海苔だけをパリパリムシャムシャ(笑)
    かっぱえびせんじゃないけど やめられない止まらない!
    枚数限定で〜す(大笑)

    1. だって海苔って決してお安いものじゃないですもの!
      そうそう乱雑には食べられないほど、手のかかったものですものねぇ。

  3. 海苔ですか!
    子供の頃から、海苔を食べる習慣がなかったので・・
    今も何処かへ旅行へ行った時に朝食で出てきた時に食べるぐらいです。
    勿論!韓国海苔も食べません!
    それと桃屋の「江戸むらさき ごはんですよ」も食べないなぁ~⤴
    何か?海苔って、食べる頃合いが分からなくって、手が出ません!
    決して食わず嫌いではないんですけどねぇ!

    1. ぼくは子どもの頃、味付けのりを朝ご飯で出されると、炊き立てご飯の上を海苔を醤油でベタベタにして、ご飯に塗り付け、味付け海苔一枚でお醤油ご飯を一杯平らげることができたものです。

  4. 子供の頃のおにぎりは、海苔がしっとりが当たり前でした。海苔がパリッパリで食べられるコンビニのおにぎりを考えた人は凄い⤴️。まぁ、どっちのおにぎりも好きですけどね。

    1. おにぎりに焼きのりって、遠い昔はとっても贅沢な代物だったんでしょうねぇ。

  5. 昨夜もお酒のつまみにした 焼き海苔を見てみたら、☆ 三重県産 伊勢湾海苔 ☆ でした~ o(^-^o)(o^-^)o
    板海苔を手でちぎりながら 日本酒のあてにしています ☆☆☆

    この伊勢湾海苔を食べ始め もう10年
    一口目の 海の香りが、パリパリ感が 大好きで 欠かせません (●^o^●)

    我が家の小さな怪獣君達も小さい時から お正月は焼き餅に ‼️‼️ たまごかけご飯にも パスタにも パラパラ ‼️‼️
    大好きですよ~ (^-^ゞ

    1. お父様のお仕事柄、海苔に関しては、幼いころからきっとお口が肥えていらっしゃるんだと思いますよ!
      凄い!!!

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