「天職一芸~あの日のPoem 213」

今日の「天職人」は、名古屋市中村区椿町の「帽子屋」。(平成十八年十一月二十八日毎日新聞掲載)

洋画のシーン切り取った 駅前ビルの大看板      ダークスーツのマフィアたち ボルサリーノで伊達姿   子供ながらに憧れて 父の洋服ダンスから        ブカブカスーツ取り出して 中折れ帽を斜に被る

名古屋駅、笹島ガードの西側。中村区椿町のボウシ館イシダ、二代目店主の石田明芳さんを訪ねた。

「本当にいい帽子は、何にでも合わせてくれるでねぇ」。明芳さんは、中折れ帽のクラウン(帽子のトップ)の窪(くぼ)みを摘(つ)まんで頭に載せた。

「ぼくは頬骨と鰓(えら)が張った古い日本人顔だで、少しでも細く見せるためにクラウンの幅を広くせんとかんのだわね」。

シルクハットに山高帽、それに昭和天皇が愛用された、トップが半球状になったボーラー。いずれも西洋人の頭の形に合わせて誕生した。

「西洋人は顔の表面積が細く、面長に見えるんだけど逆に後頭部までが長いんだわ。だから帽子は、横顔で見るのが一番綺麗なんだって」。

ボウシ館は、終戦後に父が創業。

明芳さんは昭和二十七(1952)年に四人兄弟の末子として誕生した。

大学を出ると、学生時代にアルバイトをしていた商亊会社へ入社。

社内を隈なく探しても、アルバイト時代に見かけた女子社員の姿がどこにもない。

「入れ違いに会社を辞めて、実家の鹿児島に帰るとこだったの」。傍らで妻の美保子さんが懐かし気に照れ笑い。

「鹿児島に帰る直前、中村警察署の前で道に迷っちゃって。ここがこの人の家だなんて知らないから。そしたら店の前でバッタリ再会。駅まで見送ってもらって」。

やがて二人は遠距離恋愛の末、昭和五十一(1976)年に結婚。一人娘を授かった。

「長距離電話代がかさみ過ぎるで、早よ結婚しろって」。

商事会社では、スプーンから鍋やクーラーまで、幅広い取扱商品を扱う営業として得意先を駆け回った。

平成四(1992)年、父が脳梗塞に。

それを機に、四十歳まで勤め上げた会社を辞し家業へ。

「親父に継げとは言われんかった。百八十度違う世界だったけど、小さい頃から帽子ばっか見とったで。まあ鍋もひっくり返したら帽子みたいなもんだし」。明芳さんは大笑い。

「頭はみんな一つしかないんだで、一年にそうも買えへんだろうと思っとった」。

しかし店先からこっそり眺めているような客が、目を奪われた帽子に恐る恐る手を伸ばし、一旦被ったらたちまち虜に。

「半信半疑でソフト帽を買った人が、どうにも入れ込んで、あげくに専用の棚まで作ったほど」。

自然な光沢を宿す帽子の生地は、ビーバーやウサギの毛に蒸気を掛けながら圧縮したもの。

「紫外線を百%カットするし、夏でも蒸れずに涼しい」。

確かにいずれも驚くほどの軽さだ。

「このイタリア製のボルサリーノは、アランドロンが映画『ボルサリーノ』で被った名店の逸品。帽子店の店名が映画のタイトルになっちゃうんだでねぇ」。

写真は参考

黒色のボルサリーノをひっくり返した。 頭の天辺があたる部分に、ボルサリーノと白の刻印。

写真は参考

「ホテルのクロークとかに預けると、型崩れせんように帽子をひっくり返して保管するんだわ。『ブランド名見ただけでホテルマンの扱いが変わった』ってお客さんも言っとったなぁ」。  

写真は参考

ちょっと小粋に中折れソフト。

帽子を取って軽い会釈。

気高さに気品を添え、ジェントルマンは凛々しさを纏う。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 213」」への7件のフィードバック

  1. おはようございます。
    ・帽子屋のお話ですね。 帽子専門店ですね。
    ・色々な帽子(麦わら帽子,野球帽,ベレー帽,山高帽,シルクハット等)が有りますね。
    ・私は、帽子を、沢山持っていません。
    野球帽が、有ります。

  2. 帽子と言えば オカダさんはいつも帽子を被ってらっしゃいますよね! 
    色や模様もいろいろで…
    きっとたくさんあるんでしょうね。
    街で帽子をお洒落に被ってる女性を見かけると 素敵だなぁ〜って目で追ってしまいます。
    私が唯一持ってるのが 日除けの為の帽子のみ。でも 長男は私が帽子を被ると これまた ” お母さんじゃなくなる!”とばかりに サッと取ってしまうので 悲しいかな炎天下であっても被る事が出来ず…。
    マスク同様 毎日帽子を被ってみようかな⁈ (笑)

    1. 帽子って不思議なもので、帽子一つでその日の気分まで変わる気がします。
      でも息子さんにとっては、お母さんがいつものお母さんじゃなくなっちゃうと、やっぱり落ち着かないものなんでしょうねぇ。

  3. 帽子はイイよねぇ~⤴
    秘密の場所を隠してくれるんでぇ!
    帽子大好き!多分、30個位は有ると思う!
    「ボルサリーノ」
    これはメチャ凄い帽子!
    デザイン、色合い、申し分ない!
    出来れば「ボルサリーノ」で揃えたい⤴
    値段はお高いですが、
    あたしは、残念ながら2つしか持っていません!
    いつも帽子を買う時に、
    嫁が一言「頭は1つしかないよぉ~!」だとぉ!
    数少ない趣味だもんね~~ぇ!
    許してちょ~~⤴

    1. 大人の男の垂涎の的。
      それがちょいと小粋にボルサリーノですかぁ!
      イタリア製のスーツに身を固め、ボルサリーノの中折れ帽の天辺を軽く摘んでスマートに脱いで、胸元に当てながら淑女に軽くお辞儀をしたいものですねぇ。
      あっ、でもその途端、落ち武者殿の髻を落としたような、ザンバラ髪がだらっと垂れたのでは、淑女も腰を抜かしそうですなぁ!

  4. ★帽子★
    と いえば オカダさんとヤマもモさん★

    オカダさんは普段はキャップ !
    ♪♪ ライブやリサイタル ♪♪ の時は シルクハット! のイメージ (#^.^#)

    ヤマもモさん (落武者殿) は ダイコクライブで 初めて 会った時は ★ かんかん帽子★ 次 会った時は (/≧◇≦\)
    びっくり 〰️〰️

    父親は コートと同じ生地で シルクハットを被っていました
    おしゃれだったんですよ (o^・^o)

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