「天職一芸~あの日のPoem 208」

今日の「天職人」は、名古屋市西区新道の「嫁入り菓子問屋」。(平成十八年十月二十四日毎日新聞掲載)

今日は大安吉日だ チャリンコ飛ばし隣町        花嫁姿追い駆けて 風呂敷広げ菓子拾い         嫁入り菓子は宙を舞い オバサンの手が頭越し      どんなに背伸びしてみても 棚牡丹(たなぼた)も無く指咥え

名古屋市西区新道の菓子問屋街。嫁入り菓子問屋、苅谷商店の二代目若女将、苅谷美智代さんを訪ねた。

写真は参考

「ご近所さんに『家の嫁です。これから宜しく』って調子で、タダで見ていただくのはいかんし、それで菓子撒いたんじゃないかしら」。美智代さんは、袋詰の手を休め優しい笑顔で振り向いた。

美智代さんは名古屋市南区で誕生。

サラリーマンの両親と兄の四人家族で、短大卒業を間近に控えていた。

「自動車会社のショールームに就職が決まってたの。そしたら同級生だった主人が、プロポーズするもんだから」。就職を諦め、二十一歳の若さで嫁入り菓子を撒いた。

「私の時は、まず実家を出る時に撒いて。白無垢でこの家に入ってから、お仏壇でお参り済ませて、家の二階からもう一度撒いたもんね」。

ご主人の正三さんには二人の姉がいた。

義母は家事より商売好き。昔から家事は、お手伝いさん任せだった。

やがて二人の姉に家事は引き継がれたが、順に適齢期を迎え嫁いで行った。

「オサンドン係として嫁いだようなもんよね。今考えてみたら」。

やがて男子二人を授かった。

「この辺は、都会のわりに三世代同居が多くって。親類も多いし」。

核家族で育った美智代さんには、何もかもが珍しいことばかり。

「月曜から土曜までは、仕事に追われて。日曜日になれば、親類が集まるからその相手もしなきゃ」。三度の賄い支度から子育て。その合間を縫い家業の手伝いにと追われた。

サラリーマン家庭の平凡な日々は一転、商家の嫁では甘い新婚生活に浸る間も無かった。

「それでも不思議と愉しくってね」。

元々嫁入り菓子の始まりは、餅撒きからの派生とか。

戦後の物資統制も解除され、駄菓子製造が盛んに。

やがて餅の代用として、軽くて日持ちの良い菓子へと。

「昔はお菓子をバラで撒いたようだけど、今では数種類を袋詰して手渡しする方が一般的じゃないかしら」。

たった今、袋に詰め込んだばかりの嫁入り菓子を取り上げた。

写真は参考

幅四十㌢、高さ六十㌢程の透明なビニール袋。

表には寿の文字と、水引き模様が印刷されている。

「お祝いの品だから、だいたい中身は七色か末広がりの八品。喜ぶの『昆布』にスルメ。サキイカは裂かれるを連想するからご法度でしょう。それとアラレに煎餅、飴や豆にクッキー」。

美智代さんは個々の菓子の色合と、型崩れしない組み合わせを描き詰め合わす。

なんともそのお手並みはお見事。

花嫁に幸あれとの願いを込め、無償の袋詰めが続く。

写真は参考

「一度だけ破談になった方があってね。納める寸前、式の一週間前に」。

拠ん所無き事情を察し「次にまたご縁があったらで結構ですから」と、袋を解いた。

「そしたら一年半後に『その節は…』って、注文においでになったの。嬉しかったぁ」。

生まれ育った町への礼と、嫁として暮らす新たな町への礼。

嫁入り菓子は花嫁からの挨拶状。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 208」」への11件のフィードバック

  1. おはようございます。
    ・嫁入り菓子問屋のお話ですね。
    ・私は、嫁入り菓子問屋が、ある事知りませんでした。
    ・写真の嫁入り菓子見た事,専門店に行った事有りません。

  2. 「嫁入り菓子」懐かしいですね。昭和の時代の話しですね。
    家で花嫁支度をして仏壇にお参りし家から出る時にお菓子をくばります。
    ご近所さんにお世話になりました、という意味だそうです。又、相手方へ行った時は、これからお世話になりますと、お菓子が配られます。
    今は式場で、全て終わってしまいますが、ご近所さんには息子が結婚しましたと言ってお嫁さんの名前入りのを持って挨拶にいきます。

    1. お嫁入もそうですが、引っ越しに際しても、お世話になった町の皆さんと、これからお世話になる新たな町の皆さんへの、ささやかなご挨拶って、今では少なくなったようですよねぇ。
      まあ皆さんと言っても、せめて向こう三軒両隣くらいなんですけどねぇ。

  3. 菓子撒き!
    懐かし~ぃ⤴
    先日、うん十年振りに結婚式場のバルコニーから「菓子撒き」を見ました。
    今もやる人が居るんだと思わず車を止めて観てました。
    やはり一番張り切るのが熟女の方達!
    汗だくで頑張ってました。
    ウーマンパワーって凄い!
    「ウーマンパワー」なんて死語ですねぇ!
    歳がばれるぅ!

    1. そうそう、餅撒きにしても菓子撒きにしても、俄然力が入っちゃうものですよねぇ。
      そして気弱な男たちは、そんなオバチャマパワーについつい怯んじゃうもんですよねぇ。

  4. 職場の後輩が結婚式をした時に、新郎新婦がベランダからこのような袋詰めのお菓子をまいていました。10年くらい前でしたが後にも先にも菓子播き体験はその時だけでした!ここで袋詰めされたのかなあ?

    1. そうでしたか!
      地域地域に花嫁を出したり、花嫁を貰ったりする際の、大切な節目のご挨拶ってぇのが、それぞれに存在していたのでしょうねぇ。
      その後輩さんが娶られたお嫁さんは、尾張地方のご出身かも?

  5. ホントいろんな風習や習慣がありますよね。餅まきとかも…。
    嫁入り菓子の事は知ってたけど 袋の中身にも意味があったとは知らなかったなぁ〜。
    嫁入り菓子と言えば ドラマ『名古屋嫁入り物語』を思い出してました。一世一代の晴れ舞台って感じで やっぱり名古屋はスケールが大きいなぁ〜って思いながら見てました( ◠‿◠ )

    1. ぼくら子どもたちの仲間たちも、お母ちゃん仲間のネットワーク同様、嫁入り情報には敏感でした。
      隣町であろうが遠征して、普段買って貰えないようなお菓子を手に入れようと、必死だったものです。
      しかし、ちっちゃなぼくらを尻目に、オバチャンたちは割烹着の裾を持ち上げて、落下するお菓子を根こそぎさらって行ってしまうんですもん。
      何度苦汁を飲んだことやら。

  6. オカダさん皆さんこんにちは。昔は「○△さんとこにお嫁さんが来るで見に行こ!」みたいな感じでお菓子を貰いに行ったもんですわ 我が家のあたりはベランダから撒くというよりは来ていただいた人に手渡しでしたね~ でも今は直接式場に行く方が殆んどじゃないでしょうかね~?そういえば私も今から11年前の
    今頃は確かこのようなお菓子を配るべく御菓子やさんに手配したりして結婚準備に追われてた頃でしたね

    1. じゃあちゃんと、ヨッチャン姫とご近所を挨拶回りされたんですねぇ。
      いい思い出じゃないですか!

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