「天職一芸~あの日のPoem 189」

今日の「天職人」は、三重県伊賀市の「土鍋陶工」。(平成十八年五月九日毎日新聞掲載)

七輪の上ゴトゴトと 土鍋が音をたて出せば       母は包丁トントンと 葱を刻んで振り掛ける       風邪をこじらせ寝込んだら 母の得意な味噌おじや   フゥーフゥー冷まし口元へ 妙にこそばいやさしさが

三重県伊賀市で明治中期頃創業、五代目土鍋陶工の稲葉直人さんを訪ねた。

「土鍋は、手取りの感覚が一番。次に芸術的な意匠ですね。料理を作りたくなったり、思わず蓋を上げ炊き上がりが見たくなる様な」。 直人さんは、粘土でカサカサに荒れた手を擦り合わせた。

直人さんは昭和三十五(1960)年、二人兄妹の長男として誕生。

「父の代は、型物の量産が主で、萬古焼きの製造卸でした。だから子供の頃は、焼物に興味がなかったんです」。

しかし高校へと進学した二年目に、父が他界。

「どうにも跡を継がんといかんのやろなぁって」。 母と祖父母が家業を切り盛りし、京都の夜間大学へと進学。昼間は陶房で雑用をこなした。

二十二歳で京都市立工業試験場に入り、陶芸の基本を学んだ。

「九州や萩の立派な由緒ある窯元の息子やら、脱サラして陶芸を志す者やらと一緒で、刺激を受けましてねぇ。それまで焼き物っていったら、型物とばっかり思ってましたから」。

一年後に京都府立陶工訓練校へと進み、轆轤(ろくろ)の回し方から土練りを学んだ。

「その頃ですね。焼き物に可能性があるんだって感じたのは」。

翌年二十四歳で帰省し、家業である土鍋の型物量産製造に従事した。

「これやない!もっと他のもんをやりたい!」。

休みを返上し自問自答を繰り返し、土鍋の一品物への挑戦が始まった。

「ここらの土は、木節(きぶし)粘土と言って、伊賀独特の黒い土なんです。大昔ここらは、琵琶湖の底やったとかで。吸水性が高く、耐火性に優れ火に掛けても割れず、焼き締まりにくい。だから鍋には最適でも、器には不向きでね。それやったら誰もやっとらん、土鍋の一品物を目指したろうって」。

心地良く、そして美味しく炊けて、料理を作りたくなるようなそんな土鍋。

家族で鍋を囲む団欒を想い描き、直人さんは轆轤を回した。

「上手く炊けるか?掴み易いか?、重過ぎず蓋は取りやすいか?洗い易いか?」。直人さんの試行錯誤は重ねられた。

「戻って二年程、そんな日々の繰り返しで」。

直人さんの土鍋造りは、まず木節粘土の土練りに始まり、鍋と蓋を轆轤で成型。

一~二日ほど陰干し。

鍋の底を鉋(かんな)で削り落とし、一日置いて鍋の耳と、蓋の取っ手に水を塗って取り付け、形を削り出す。

再び天日で四~五日乾燥させ、七百度で素焼き。

釉薬を掛け、筆で細部に絵付けを施し、内蓋の真ん中に『直』の一文字をしたため焼成へ。

ガス窯で十四時間かけて焼き上げ、同じ時間をかけ冷却。

最後に紙やすりをかければ完了。

「ご飯を炊くんやろかとか、野菜を煮るんやろかとか、まず使う人の用途を考えて。次に何人で鍋を囲むんだろうかと想い描き、それを意匠に反映して轆轤を回します。だって使ってもらってなんぼですから」。

市松模様に日月、黒織部の鯰柄と、直人さんの土鍋は団欒の要として、家族の笑い声に囲まれる。

平成十(1998)年、三十八歳で東京出身の聡子さんを妻に迎えた。

「毎日ぼくの作った鍋を使って、ご飯から味噌汁まで。自由な発想で鍋料理を愉しんでくれてます」。

一番良き理解者だ。

鍋と蓋は二つで一つ。

夫唱婦随。

土鍋一筋の陶工は、日常の暮らしの中に芸術を極め続ける。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 189」」への9件のフィードバック

  1. 土鍋は一人用のを使ってお粥、味噌煮込みを造ったりしてます。
    あと土鍋の蓋で飲み比べして勝ちました(笑)

    1. いよっ、やっぱりヒロちゃんは、そう来なくっちゃ!
      しかしそれにしても、土鍋の蓋を盃代わりにするなんて!

  2. おはようございます。
    ・土鍋陶工のお話ですね。
    ・土鍋を、作る職人さんが、見えたのですね。知りませんでした。ブログで、勉強になりました。
    ・土鍋は、轆轤(ろくろ)を、回して作るのですね。職人さんの手作りなのですね。手間がかかりますね。
    ・写真の土鍋お洒落ですね。(素敵ですね。)
    ・土鍋は、鍋と蓋は二つで一つなのですね。まるで夫婦ですね。片方が、合わないと駄目ですね。
    ・私は、料理等で、土鍋を使いません。

  3. この職人さんが造る土鍋って まるで魔法のランプみたいですね。
    中に何が入ってるんだろう?って 蓋を開けるまでワクワクしそう( ◠‿◠ )
    食卓に鍋を置いても何も感じないだろうけど 土鍋を置くだけでホワ〜って優しく丸〜い気分になるのは なんでだろう?
    土鍋で炊いたご飯って めっちゃ美味しいんですよね!

    1. この職人さんは、土鍋を買ったら、一番最初にご飯を炊きなさいって教えてくれたものです。
      炊いたお米が糊の役割をして、土鍋の割れを防ぐんだとか!

  4. 冬になると土鍋の出番。母は土鍋でよくカニすきをしてくれました。猫舌の私は、カニをたくさん取って冷ましておくと、兄に「ずるい!!」と良く言われたものです。最後のカニ雑炊も美味しかったなぁ。

    1. なんとモダンなご家庭だ事!
      家のお母ちゃんは、カニすきなんて、本当に数えるくらいしか作ってくれなかった気がします。
      カニなんて贅沢な!

  5. 以前、伊豆へ旅行に行った時
    体験陶芸教室へ・・
    轆轤を廻すのではなく
    粘土をこねて、簡単に言うと、ヘビみたいなのを何本か作って
    重ね合わせて作るんです。
    最初、シャレた小鉢でも作ろうと頭の中にイメージしていたんですが
    まぁ~⤵センスのない事!
    結局、灰皿みたいな小物入れ・・・⤵
    芸術家にはなれんなぁ~!と思いました。
    旅の思い出と言う事ですわぁ~~⤴

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