今日の「天職人」は三重県多度町の「八壺豆(やつぼまめ)職人」。(平成十八年二月二十四日毎日新聞掲載)
一の鳥居へ続く坂 古い家並みの多度詣で 清めの池で身を禊(みそ)ぎ 浮き世の垢を削ぎ落とす お多度の神のお告げなら 吉凶占筮(せんぜい)流鏑馬(やぶさめ)か 春まだ遠い養老で 茶受け所望(しょもう)す八壺豆
三重県多度町の西大黒屋、十一代目夫人の蒔田(まいた)登美子さんを訪ねた。

「『八壺豆はなあ、女子の肌に触るように、そうっと優しい触らんならんぞ。何べんも何べんも、納得行くまで作っては捨てよ』って、寝たきりの主人の口癖やったんさ」。 登美子さんは、在りし日の夫の言葉を真似た。
創業は、徳川五代将軍綱吉の宝永年間(1704~1711)。
多度名物の八壺豆は、その昔八壺峡(現、多度峡)の辺(ほとり)で、老婆が倹(つま)しい郷土菓子として作ったのが始まり。
登美子さんは昭和十三(1938)年、桑名市の港町で三人姉妹の二女として誕生。
「十月三日生まれやもんで登美子やと」。
中学を上がると直ぐ、親類の料亭の下働きに上がった。
「元々商売が好きやって」。登美子さんの労を惜しまぬ働きぶりを目に留め、知り合いが蒔田家への縁談を薦めた。
「海の方で育ったもんやで、ここの嫁やったら、台風に遭わんでええしと思てなあ。せやけど最初にお婆ちゃんに言うたんさ。働くのは一向苦んならんけど、気性が男勝りやで、着物縫ったりとか家事は出来やんって。そしたらなあ『ミシン持って来んでええ』って言わしたんさ」。
昭和三十九(1964)年、故・敏晴さんの元へと嫁いだ。
「三日目には、もうお饅頭包みましたもん」。二年後に一人息子が誕生。
口の中でフワッと砕け、甘い黄粉が口中に広がる八壺豆は、厳選された大豆が命。
まずは特別な焙烙(ほうろく)で、丁寧に大豆を、次いで黄粉を炒る。
水に黒糖を溶かし、中白糖を入れ弱火で炊いて蜜の濃さを整える。
次に大豆に蜜を絡め黄粉をまぶす。この作業は、蜜の濃度を薄めながら、十五~十六回繰り返し続く。
そうしてやっと、小さな大豆が実を肥やし、直径二㎝ほどのふっくらとした名代の八壺豆が出来上がる。

来る日も来る日も参拝客を相手に、妻は子育ての傍ら桑名訛りに愛想を添え、夫の作った一日四升を越える八壺豆を売り捌(さば)いた。
いつしか昭和も、第四コーナーを廻り始めた昭和五十九(1984)年。一人息子が大学進学を迎えた。
「『多度に執着するな。しっかり勉強して都会へ出ろ』って、主人の決めやでな」。息子は関西へと旅立ち、静かな暮らしが始まった。
それから六年。平成二(1990)年に夫は脳出血で倒れ、その後も入退院を繰り返し、十年後に還らぬ人となった。
当然主が倒れてからは、登美子さんが豆作りも受け持った。
「最初の頃は、蜜の濃さがようわからんで。お客さんに『これ奥さんが作ったでしょう』って見透かされて。布団被って何度も泣いたもんやさ」。
ある日病の床で、悔しそうに夫がつぶやいた。
「頼むから、機械で作るんやったら、もう店閉めてくれ。店閉める時は、多度祭ん時に作るだけ作って、皆に感謝を込めてただでパーッと振舞ったるんやぞ」と。
遺言を守るか問うと、「私は女やで、主人のように豪気にはよう出来やん。だからせめてもの恩返しにと、消費税は貰(もう)とらんのやさ」。
ふらり立ち寄る、客との逢瀬。
八壺の豆が、縁(えにし)を運ぶ一期一会。
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手造りの息づかいが感じるお茶うけですね。先回の水飴もそうですが令和の時代になっても手造りにこだわるお店の味を巡ってじっくり嗜んでみたいです。
ちゃんと手を抜かず、あまり機械に頼らない素朴な菓子は、非常に贅沢なお菓子ですよねぇ。
おはようございます。
・八壺豆(やつぼまめ)職人のお話ですね。
・パッケージ良いですね。
・八壺豆は、職人さんの手作りなのですね。手間がかかりますね。良い材料を、使っているのですね。
・私は、八壺豆は、見た事有りません。食べた事有りません。硬い豆なのかな?
大豆に、黒糖と黄な粉⤴️絶対好きな味じゃん(๑´ڡ`๑)
ですよねぇ!
多度大社には、二度ほど参拝させていただきましたが、八壺豆は存じ上げませんでした。なぜか歳を重ねるたびに素朴なお菓子が好きになってきました。
それに製法を読んだだけで美味しそうです!
今度、伺ったら必ず買い求めたいと思います。食べ出したら止まらなくなりそうでコワいけど楽しみです。
パッケージの大黒様も可愛らしいですね。^ – ^
これがまた素朴で、とってもふくよかで美味しいんですよ!
ぜひ、次回は騙されたと思ってご賞味あれ!
丁寧に優しく作られてるんですね。
ご主人の想いも受け継がれながら…
作業をしてる奥様・接客をしてる奥様の表情が浮かんできそう( ◠‿◠ )
なんだかいいなぁ〜。
八壺豆 ぜひ味わってみたい!
なかなか素朴な、昔ながらのほっこりするお味でしたよ!