今日の「天職人」は、三重県桑名市の「町角の面打師(めんうちし)」。(平成十七年十一月十五日毎日新聞掲載)
秋風孕(はら)む篝火が 肌を突き刺す夜気払う 能管(のうかん)の音に舞う翁(おきな) 在りし日父の影揺れる 苦楽浮かべる翁面(おきなめん) 月の明りに影法師 憤怒(ふんぬ)露(あらわ)の般若面 情も仇(あだ)なす人の世か
三重県桑名市の「益生新楽堂」、町角の面打師の鈴木亨さんを訪ねた。

どこからどう見ても、紛れも無く年季の入った薬局である。能の面を打つ職人を「新楽堂」に尋ねたはずだ。しかし店先には、時代と共に色褪せた、製薬会社のマスコット人形と、「新薬堂」の看板。「楽」と「薬」を間違えたかと思っていると、「いらっしゃい」の声。老眼鏡をずらし、上目遣いに穏かな老人が迎えた。
「ある時、地図に新楽堂と間違われて書かれてもうてな。まぁ、それもええ名やと思って、能面の仕事の屋号にしたんやさ」。
亨さんの旧姓は田中。桑名市出身で国鉄技師であった父の下、長野県で五人兄弟の三男として誕生。父の転勤で各地を巡った。
しかし小学六年となった昭和二十一(1946)年、戦中から北ボルネオ島で鉄道開発に従事していた父が急死。
間も無く、亨さんの実家の一部であった現在地に、「新薬堂」の鈴木夫婦が幼い娘を連れて店を移転して来た。
亨さんは、中学高校と演劇に入れ込んだ。「高二の頃からは、演出や裏方に興味が湧いて」。
進路が問われる高校三年の年、鈴木薬局の長女、当時十三歳のとし子さんとの養子縁組が交わされた。
亨さんは急遽志望校を変更し、東京の薬科大へと進学。しかし三年後、鈴木家の事業の不振で中退し、ブラシやハケの製造販売会社に勤務した。
昭和三十四(1959)年、高校を卒業したばかりの、妻とし子さんが上京。
晴れて新婚生活が始まった。「だから結婚記念日がないんやさ」。三人の男の子を授かり、昭和四十一(1966)年から名古屋に引越し、医療事務の仕事に従事した。
「子どものカブスカウト活動の手伝いで、木彫を始めるようになって」。ロープタイやブローチといった小物から、やがては仏像へと、木彫の魅力に取り憑かれていった。
そして昭和六十二(1987)年、能面作りを趣味とする人物と出逢い、教室通いへ。

能の面打は、半世紀近く寝かせた檜を、鑿(のみ)で粗彫りすることから始まる。
次に彫刻刀に持ち替え、中彫りから仕上げ彫りへ。そして紙やすりで磨き、檜の含む樹脂を抜き取る為、メタノールに一週間ほど浸け込む。
次にそれを取り出し熱湯に潜らせ、表面に浮き出た樹脂を洗い落とし、二週間ほど陰干しし、再び紙やすりをかける。
そして七百年前の能面の風合いを出すために、カマンガン酸カリの水溶液を塗って下地を焼き上げる。いわゆるエイジングの手法だ。

「最初は真っ紫になって、十秒程で今度は真っ茶色に変わる」。
下塗りでは、貝殻を粉砕した、胡粉(ごふん)と呼ばれる白い粉を、膠(にかわ)液に溶いて三~四回塗り、乾いたところを紙やすりで磨く。
この下塗りを二~三回繰り返し、中塗り上塗りと粒子の細かな胡粉に変えながら、全工程二十回ほどの塗りを重ねる。
仕上げは松煙(しょうえん)で眉と髪を毛描きし、小面(こおもて)の表情を決める紅を差す。
「いつも同時に最低三個ずつ、同じように彫るんやけど、三つともちょっとずつ違ごてくるんやさ」。
斑(むら)を出し、わざと汚して古さを醸し出す。
「唇の両端の上げ下げ一つで、年齢も大きく変わる」。

手掛ける小面は、五つ。いずれも未完成だ。
「究極の能面やでなあ。彫らんでも、毎日話し掛けたるんさ」。
能の面打に分業は無い。一から十まで、一人の面打師の手業一つの物種。
町角の老面打師は、両切りピースに火を灯した。
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こんにちは。
・町角の面打師(めんうちし)のお話ですね。
・能面は、分業しないのですね。角度によって顔の表情が、違いますね。
実際に能面,般若の面を、見た事有りません。
子供の頃、ご近所さんの居間の壁に能面が掛けてあって、目が見えてるんじゃないかと恐る恐る前を行ったり来たり。ちょっぴり怖かったなぁ(汗)
ぼくもまったくその通り!
ぼくの名付け親だった、ぼくが生まれた南区江戸町のアパートの大家でもあった、遠縁のお爺ちゃんの床の間の床柱にも、般若の面があり、お爺ちゃんの床の間のある部屋はおそがかったものです。
こんなオジサンになっても「般若」って怖いもんです。
それに似た事が⤴
なんにも悪い事していなくても、警察官を見ると・・
少し緊張するのは、私だけでしょうか?
でも、流石!警察官でも、この腹黒さは、分かるまいてぇ!
確かに確かに!
警察にしろ消防署の方にせよ、自衛官の制服組の方の制服組には、やっぱりちょっと構えちゃいますよねぇ!
ましてや足軽姿の落ち武者殿の、哀れな御姿なんぞを見たひにゃあ!
それはそうと、ぼくは随分TVドラマの「アシガール」にはまったものです!
「アシガール」私も再放送ではまりましたけれど大雨が続き最終回を見逃してしまいました。飛騨川も木曽川も増水して流れも早く地盤もかなり緩んでいると思うと自然の恐ろしさを感じています。
大自然の恐るべき恐怖は、どうしようもありませんよねぇ。
どうか何事もありませんように!
「アシガール」私もはまりました( ◠‿◠ )
切なくなったり 胸がキュンキュンしたり…
あんなに純粋で真っ直ぐな恋心 まだ私の中にも残ってるかなぁ?
年齢は 関係ないのだ!(笑)
能面 特に女面は 真っ直ぐな恋心というより 秘めた想いが詰まってるような気がします。1つの面で喜怒哀楽を表現する。特に哀しさが漂ってくるよう…。
月明かりの下で 舞いを見てみたいですね。
薪能なんて有限な世界ですものねぇ。