「天職一芸~あの日のPoem 151」

今日の「天職人」は、愛知県額田郡の「造り酒屋主」。(平成十七年七月二十六日毎日新聞掲載)

杉の木立ちを縫うように さやけく流る神水(かんずい)は やがて小さな沢となり 静かな郷に舞い降りる       麓の郷に秋茜 畦に色付く彼岸花             造り酒屋の軒先に 杉玉上がりゃ喉が鳴る

愛知県額田町で天保元(1830)年創業、柴田酒造場の七代目主、柴田卓男(たかお)さんを訪ねた。

「米の出来不出来で、酒の柄がいいか悪いか決ってしまうでね」。造り酒屋の老主人は、いきなり酒に人格を与えてそうつぶやいた。

卓男さんは大正十五(1926)年に、六人兄弟の二男として誕生。とは言え、兄弟を死産や病死で次々と失った。

昭和十九(1944)年、戦局は悪化の一途を辿る中、安城農林高校を卒業し鳥取県の大学へ。「学徒動員に巻き込まれて、九州で終戦だわ」。

昭和二十二(1947)年に実家へと帰還。

その後一年足らず、村の中学校で教鞭をとり、家業へと身を投じた。

「GHQの農地改革で、十五町歩(約十五ha)もあった田んぼを一反七百円で解放させられただぁ」。

全国各地の大地主は、先祖代々護り続けた田畑(でんばた)を泣く泣く手放す憂目となった。

「あの当時の酒は、全国的に統制物資の不足を補うため、三倍酒と呼ぶ合成酒が幅を利かせとった」。廃糖蜜などを発酵させ、蒸留したアルコールを添加したり、アルコールに糖や酸を添加する増醸法だ。

戦中戦後の混乱は、静かな農村の造り酒屋にも容赦なく押し寄せた。

「一級上の友人に、『まだ嫁さんの来てが無いのか』とからかわれて」。昭和二十五(1950)年、隣村から嫁を得て二人の娘が誕生。時代は、朝鮮動乱による特需の追い風を受け、本格的な復興期へと差し掛かっていた。

そんな矢先の昭和三十(1955)年、幼子(おさなご)二人を遺し妻が急逝。

周りの薦めで妻の妹と再婚し、一人息子を授かった。

毎年十月二十日、杜氏(とうじ)と蔵人(くらびと)を迎え、酒六(さかろく/六尺樽)への仕込みが始まる。

まずは地元産の米を、真っ白に精米し洗って蒸す。

「冷夏だった年の未熟な米は、砕けてしまうだぁ」。

傍らで八代目の秀和さんが、四分搗き(六割を糠にして、四割を酒造りに用いる)に精米された米を差し出した。

蒸し米と酵母に糀と水を入れ、二週間かけて酒母(しゅぼ)を作る。そして酵母の数を増やしてから本仕込へ。

酒母に蒸し米と糀に水を加え、三回に分けて仕込み、二十日程して「荒走(あらばし)り」「中汲(なかぐ)み」「攻(せ)め」の順で搾り切る。

「最初に絞る荒走りは、まだ味が若い。やっぱり真ん中の中汲みが、一番旨いですね」と、若旦那。

半年から一年弱、新酒は蔵の中で深い眠りに就く。

「だいたい十二月に仕込んで、翌年の秋に杜氏が杉玉を作り『新酒、出来ました』って、軒先に吊るすんです」。

野球選手に憧れたという、立派な体格の若旦那は、茶色くなった杉玉を振り返った。

若旦那は、大阪の大学を出ると、兵庫の造り酒屋で二年間修業。その後、東京の醸造試験所で一年間、酒造りを学んで家業を受け継いだ。

「この土地の米と水。それが酒造りの命です」。若旦那はきっぱりと言い放った。

「ここらの字名は、神の水と書いて神水(かんずい)と読むだあ。この山を登って行くと、川へ注ぐ源流が湧き出しとるだで」。先代は、清冽な水の恵みを、まるで我が事のように、誇らしげにつぶやいた。

八代続く額田の酒は、郷土が産する米と、地下に凍み込んだ神の水で、じっくりと搾り出したる生一本(きいっぽん)。大吟醸「神水仕込(かんずいじこみ)」と、三代続く吟醸「孝(こう)の司(つかさ)」の逸品。

八代続き左党を唸らせた、郷の慶弔には欠かせぬ脇役が、今宵も郷の宴を司る。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 151」」への9件のフィードバック

  1. おはようございます。
    ・造り酒屋主のお話ですね。
    ・日本酒 色々な名前が、有るのですね。
    ・日本酒作るのに、手間がかかりますね。
    ・良い材料 (水,米,糀)が、無いと美味しい日本酒が、出来ませんね。

  2. オカダミノルと行くバスツアーで飛騨市の蔵元を訪ねたコトを思い出しました!

  3. そうそう、行きましたねぇ⤴
    飛騨古川、蔵元巡り!
    でも、私は「酒」とは無縁なんですが、
    最近は、酒造会社も酒だけ造っている訳ではないんですねぇ!
    ありました!「大吟醸ケーキ(カステラみたい)」
    スッポンジがしっかり「大吟醸」がしみ込んでシットリ⤴
    美味しい!これ♬
    多分?一本、一人で食べると、酔うかも?
    また、ケーキで程良く酔っ払いたいもんですぅ⤴

    1. ブランデーケーキやラム酒たっぷりのケーキも、ヤマもモさんにゃほろ酔いデザートかぁ!

  4. 大吟醸 神水仕込 美味しそうな おしゃれな ラベルですね (#^.^#)
    どんなお味か 気になりますね~ ☆☆

    私もお酒に興味が出て来たのは 10年くらい前 友達のウンチクにお付き合いしながら 教えて貰っていますが、お料理で 全然違いますよね ☆
    蓋をあけて 何日か? も 変わってくるので、私はなるべく小さい瓶の物を何本か買います (#^.^#)

    あ~ ヤバイヤバイ
    お風呂上がりは ビールでぷっファ 〰️
    そして、冷蔵庫で冷えてるお酒でも のもお 〰️っと ヽ(・∀・)ノ

    1. 呑み切りサイズの小瓶とは、さすがイケル口のハートさん!
      これなら香りも味わいも変わらず、美味しくいただけますし、冷蔵庫で楽々冷やせますねぇ。
      ぼくもこれから真似てみますね!

  5. やっぱり その土地に息づく物やその土地で育った物同士の組み合わせがベストなんですね。
    自然は偉大だ。
    それらの恩恵を受けて造られたお酒は きっと美味しいですよ。
    あ〜最近日本酒を飲んでないなぁ〜
    こじんまりとした居心地の良いお店で 美味しいお料理と一緒に味わえたら最高だなぁ〜( ◠‿◠ )

    1. そのためにも早くコロナ問題が、インフルエンザ並みになって、せめてマスクをしなくっても良い時代に戻れないと、居心地の良い居酒屋さんで美酒に酔っても、マスクが手放せないとなんだかなぁですものね。

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