「天職一芸~あの日のPoem 135」

今日の「天職人」は、三重県鈴鹿市の「伊勢型紙筒合羽(つつがっぱ)職人」。(平成十七年四月五日毎日新聞掲載)

観音様の境内で 四季も厭(いと)わず花付ける      不断桜(ふだんざくら)よ恋しいか 儚く過ぎる白子の春が 寺家(じけ)に年中漂う香 伊勢型紙の柿の渋       春の予感に惑わされ 不断桜の蕾も緩む

三重県鈴鹿市伊勢型紙発祥の地、寺家の隣町。染物の糊付けには欠かせぬ、筒合羽を作り続ける森徳義(のりよし)さんを訪ねた。

不断桜

「渋はな、乾かさんようにして、乾かさんなんのやで。御守が大変なんやさ」。 徳義さんは、 土間から三尺(約九十㎝)程の框(かまち)を上がった板張りの作業場で、背を丸め扇型の美濃和紙に、「ニゴ」と呼ばれる稲穂の下部の軸で作られた専用の刷毛で、灰汁(あく)の強い柿渋を塗る。

左右交互にずらしながら三枚一組。寡黙に単調な作業が繰り返される。

明り取りの窓外には、春まだ浅い鈴鹿の山並み。古惚けた小屋の剥げ落ちた土壁から、木舞(こまい/土壁の下地。井桁に組まれた竹)が顔を覗かせ、雨に洗われた苆(すさ/藁屑)が風に揺れた。

余談だが、伊勢型紙の創始者は、江戸時代前期の型屋久太夫(かたやきゅうだゆう)。ある日、寺家の子安観音境内で、年がら年中咲く不断桜の一枚の葉に眼を奪われた。

喰い散らかされた虫食い葉を透かし見ると、何とも美しい紋様に。久太夫は虫食い葉から、伊勢型紙の技法を生み出したとか。

徳義さんは、昭和九(1934)年に寺家の農家の末っ子として誕生。「いらん子やさ」。昭和三十四(1959)年、遠縁の森家に婿入りし、義父と共に家業の伊勢型紙作りに精を出した。

「小さい時分から、渋塗った紙を干すために、何枚も張り板重ねて、腰に負(お)いねて手伝(てった)いよったもんやで」。異臭を放つ柿渋だが、幼い頃から身に染み何の抵抗も無かった。

昭和三十八(1963)年頃、筒合羽の作り手が無くなり、取引先にせがまれた。「型紙も筒も一緒のような仕事やないか。何(な)とか頼むわって」。

筒合羽作りの手順は、三枚一組の扇型和紙に渋を塗り、ビニールに包んで丸一日寝かせる。翌日、渋に粘りが出たところで、円錐形の型に合わせて巻き上げる。型は半円錐の組木で、底部に長さの異なる二本の取っ手が突き出ており、巻き上げた筒から交互に型を抜く。

「型が半分取れやんと、紙から抜けてきゃしませんでなあ」。円錐状に仕上げた筒を、冬でも夏でも室の中に入れ、蓋をして六昼夜寝かせる。

「渋は喰い付きが弱いで。六日もせや、否が応でも乾いてきますやろ」。 梅雨時は一番喰い付きが良い。他の季節は、室に如雨露(じょうろ)で水を打ち、湿度を保つ念の入れよう。

「乾かさず、乾かす」。矛盾に満ちた作業が、柿渋の粘りを引き出す。

次にもう一度渋に通して天日干し。友禅用の五寸(約十五㎝)ものから鯉幟用の一尺五寸(約四十五㎝)まで、日本独特の繊細な染めに欠かせぬ筒合羽が完成する。

写真は参考

「渋は怖い。油断すると蒟蒻みたいに固まってしもて」。昭和四十(1965)年代初頭の最盛期には、月間一万五千本を出荷。今はその一割。

渋の匂いに塗れながら、筒合羽一筋に一男一女を育て上げた。

「もうニゴの職人もおらんし、残った刷毛を使い切ったら、筒も仕舞いやな」。

老人は、暮れなずむ鈴鹿の山並みに、寂しげな目をそっと走らせた。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 135」」への8件のフィードバック

  1. こんにちは。
    ・伊勢型紙筒合羽(つつがっぱ)職人のお話ですね。私は、伊勢型紙筒合羽職人さんが、見えた事知りませんでした。ブログで勉強になりました。
    ・(2枚目の写真)模様綺麗ですね。
    ・(3枚目の写真)細かい絵ですね。花,景色綺麗ですね。
    ・伊勢型紙筒合羽は、作るのに手間がかかりますね。 専用の道具が有るのですね。
    昔と比べて職人さんが、少なくなりましたね。
    ・私は、伊勢型紙筒合羽を、実際に見た事が有りません。

  2. 以前TVで外国の方が
    伊勢紙型に魅せられて、日本に来て少しの間、
    職人さんに教えて頂くのを見ましたが
    まぁ~⤴根気のいる仕事で・・
    思わず、私なんかやったら「肩こり」で腕が上がらなくなると思いました。
    正しく日本のきめ細かい技術の骨頂ですねぇ!
    あれぇ⤵「オチ」が見当たらない!
    こんな日もあるわさ~~ぁ

    1. 彫師の部屋は、南側に大きな窓のある部屋が相場の様で、しかも窓側が一番高く、手前に低くなる作業台に向き合い、照明ではなく天然光の眩いばかりのお日様が必要なほど、精密な彫技でした!

  3. 伊勢型紙の世界、本当に美しいです。
    若い頃に出会ってたら、はまってましたね~。50を過ぎると根気がなくて(笑)
    今は、少しでも脳が衰えない様に、折り紙にはまってま~す。

    1. あらら、伊勢型紙彫をやってらっしゃったんですかぁ!素晴らしい!
      とにかく細かい今季との戦いの世界の様でした!

  4. いえいえやってないですよ。
    はまってただろうなぁって思ってただけですよ(汗)
    言葉足らずですみませんでした。

  5. ブログを読む度に まだまだ知らない世界がたくさんある事に気付かされます。
    そして ワクワクします( ◠‿◠ )
    いっぱい体験もしてみたいなぁ〜
    細かな作業大好きだけど 悲しいかな視力が(泣笑)
    でもReading glasses があれば なんくるないさ〜

    1. えっ、そんな画期的なReading Glassesなんちゃうスグレモノがこの世にあるんだぁ!
      ぼくも全く必要ですねぇ!

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