「天職一芸~あの日のPoem 110」

今日の「天職人」は、岐阜県大垣市の「檜桝(ひのきます)職人」。(平成十六年十月二日毎日新聞掲載)

笛と太鼓の祭囃子が 鎮守の杜に木霊せば         豊作祝う獅子が舞い 子供神輿も畦を練りゆく       祭り直来(なおらい)馳走(ちそう)も並び        宴を前に紅を注す                    君に見惚れたおっちゃんが 桝酒こぼし息を呑み込む

岐阜県大垣市の衣斐量器製作所、四代目の衣斐(いび)弘さんを訪ねた。

「いかに世界広しといえども、飲み物入れる器で四角いのは、この桝だけやて」。弘さんは、赤味がかった一合桝を差し出した。檜特有の柔らかな薫りが何とも言えず、気持ちを和ませる。

岐阜県垂井町出身だった初代は、明治初期、木曾檜が集まる名古屋の熱田に住み着き、桝作りを学んだ。そして後に、東海道本線の大垣駅開業に合わせ現在地へ。

工場の裏手には、当時木曾檜を貯木した牛屋川が、わずかに名残を今に留める。

弘さんは大学受験に失敗し、浪人の傍ら家業を手伝いそのまま跡取りへ。

まず、製材した檜を風雨に晒しては、陰干しで乾燥させ、夏目(なつめ)が伸び縮みを繰り返すことで収縮率を抑え、桝に適した状態に整える。「木は一旦死んでも、生きとるんやて。同じ檜でも、芯に近い赤味の柾目(まさめ)が一番やて。性がやさしい(狂いが少ない)でな」。

次に部材に切り分け、桝に組み上げるため、木殺(きごろし)をする枘(ほぞ)を切り込む。枘に組み合わせる窪みは0.四㍉ほど小さく、組み合わさったときに木殺の圧が加わり、凹凸部を強固に固定する仕組みだ。「昔は柾目ばっかやったで、やさしくて割れんかったんやて。でも今は柾目ばっかやないし、枘が0.二㍉大きいだけで割れてまうんや」。

最後に底板を貼り付け、水を付けながら仕上げの削り。水を付けると、檜の艶が増し、鉋切(かんなぎ)れが良くなり、木殺が脹(ふく)らむ。「柾と柾の、なおかつ一本の木から取ったらものやったら、ピタッと見事なほどくっつくんやて」。

一人前の桝職人までには、十五~二十年を要する。

弘さんは昭和四十八(1973)年に、見合いで羽島市から嫁を迎え、三人の子供に恵まれた。 しかし時代は、一人の桝職人を仕上げるまでの、悠長な時間を待てぬほど気忙しく時を刻み始めていた。「木曾の檜も、昔は平坦な山で、ぼんやり育つもんばっかやったんやて。でももう今は、急な斜面に育つ性の悪いもんばっかや。材料は集まらんし、日本酒自体の消費が落ち込んだままやで、桝も同じ運命やて」。

写真は参考

木曾檜の桝に並々と注がれる日本酒。桝の隅に盛られた塩を舐め、五穀豊穣に感謝し、捧げられた神からのお下がりのご酒に酔う。この国に生まれし者の、特権として。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 110」」への13件のフィードバック

  1. おはようございます。
    ・檜桝のお話ですね。岐阜市大垣市に、檜桝を作る所があったのですね。
    ・桝は、節分の時に出て来ますね。
    私は、新聞で見た事が、有ります。
    ・桝で、お米の量が量れますね。
    ・檜桝は、ひとつひとつ手作りなのですね。手間が、かかりますね。
    桝の中にコップ(グラス)を、入れて日本酒を、注ぐ所を、TVで見た事有ります。

  2. 日本酒を桝で飲んだことはないけど、桝を作る技術に関心するばかりです。

  3. 確か、枡があったようなと思い探してみたらありましたありました。しかし、焼印がしてあるのですが、何処で手に入れた物なのかさっぱり思い出せません。う〜ん、情けない(汗)

    1. どちらかの記念品なんでしょうかねぇ?
      焼き印入りの居酒屋さんのものなんかもありますものねぇ。
      でもいずれにせよ、たまにゃあ枡酒なぁ~んてぇのも、風流でいいものでしょうねぇ。

  4. 枡は角から飲むんですよね。今度一緒に飲みませんか?(笑)(^.^)ナンチャって
    しんみり飲むのも良いけど皆でワイワイガヤガヤは未だ早いね。早く皆で飲みたい

    1. そうだよねぇ。
      枡酒は角から呑まないと、垂れてきちゃうものねぇ!
      近いうちに一献、皆で一緒に交わしたいものですねぇ!

  5. 桝と言えば
    桝酒になりますか!
    樽酒から桝酒を飲むなんて思わず「プッハァ~」ってかぁ!
    美味しいな~~ぁ⤴たまらんなぁ~⤴
    なんて言う日が来るとは思わないけど・・
    まぁ~それも人生

    1. 確かに、カルピスの樽入りなんて聞いたことありませんものねぇ!
      可愛そうだなぁ!落ち武者殿は・・・。美味しいのに!

  6. わー 枡酒だなんて いいですね~
    枡の良い匂いプラス お酒の香り最高 ❗
    (o⌒∇⌒o)
    枡の上に冷酒のお猪口を乗せ 溢れ出るお酒を 「 あ~ 」と 眼でも楽しみながら呑む 一時 し・あ・わ・せ ☆☆☆
    お猪口のお酒よりも 枡の中のお酒のほうが 多い ‼️‼️ なんて時は ラッキー❗
    だけど 「 え〰️ 何処から どうやって呑めばいいの~ 」 って事も (^_^)v
    あー 喉が鳴ってきた〰️

    1. 枡の上に冷酒用のお猪口をのせるんですかぁ!
      洒落てますねぇ!
      ぼくが好きだった豊橋の、戦前からやっている立ち飲みの店では、枡に普通にキリンビールとかって名前の入ったビールグラスでしたねぇ!
      でもまたそれはそれで旨いもんでしたぁ!

  7. 釘やネジを使うことなく出来上がる。
    凄い技術です。やっぱり昔の方を尊敬してしまいます。
    私も社会人の頃 桝の中にグラスを置いた冷酒を味わった事が…。その時 飲み方を教わりました。なんだかちょっぴり大人の世界だなぁ〜と思ったものです( ◠‿◠ )
    雰囲気やお酒や香りを味わう空間…
    良いですよね〜
    そんな特別な時間を味わえたなら最高!

    1. 枡は洗う時だって、落っことして割る心配がなくって、いいものですよねぇ。
      お酒の香りと木の香りのコラボが、これまたたまりませんもの!

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