「天職一芸~あの日のPoem 101」

今日の「天職人」は、岐阜市の「油紙師」。

鯉の昇りに舟下(ふなくだ)り 父と延竿(のべざお)垂れながら                          想わぬ釣果(ちょうか)期待して 母の悦ぶ顔浮かべ    母のむすびを頬張れど ビクとも浮きは動ぜぬに      父と二人で浮かぬ顔 母の溜め息風運ぶ

岐阜市で慶長年間(1596~1615)創業の油紙製造・小原屋商店、十二代目油紙師の河合良信さんを訪ねた。(平成十六年七月三日時点)

 「わし、特攻隊に憧れとったのになあ、赤紙ちっともこうへんのやて」。良信さんは、火の無い火鉢の前に座した。

「元々、信長公の御用商人から始まり、雨合羽や火縄銃の雨避けのため、油紙を納めとったんやて」。その歴史は四00年を溯る。

油紙は、美濃和紙に柿渋を塗って手で揉みしだき、皺を寄せ荏胡麻(えごま)油と桐油(きりゆ)を混ぜ合わせて塗り込む。そして長良の辺で石の上に広げ天日に干し、乾燥まで五~六日を要する。

良信さんは四人兄妹の長男として、代々続くこの家に誕生。尋常高等小学校を出ると、有無を言わさず家の手伝いが待ち構えていた。十八歳の年、軍事徴用で航空機製造工場へ。日に日に激しさを増す空襲で、延焼を食い止めようと、先祖代々の家屋敷も強制取り壊しの憂き目に。慶長の世から受け継がれたこの家の歴史は、愚かな戦の犠牲となって音を立てて崩れ去った。

飛行機乗りの夢も破れ、戦後はひたすら家業に打ち込んだ。「昭和三十(1955)年頃までは、同業者が十二~十三軒もあったんやて」。 昭和三十二(1957)年に、静岡県の三ケ日から一目惚れの妻を娶(めと)った。「でも亡くなってもう三年。わし独りぽっちやて」。良信さんは、かつて妻が座した座敷の一角を、こっそりと見やった。

「ビニールが世に出てからは、油紙は衰退の一途や。みんな同業者は、別の紙産業へと転じるし。家はなまじ先祖代々続いたもんやで、灯を消したらかんって。気が付いたら、残っとるのは家だけやったって」。

今となっては、何時売れるとも知れぬ油紙。生計など成り立とうはずも無い。 良信さんは油紙の応用とも言うべき、のぼり鯉作りも手掛ける。徳川吉宗の享保の改革で、絹の鯉のぼりが禁じられ、和紙で模られたのぼり鯉が作られたとか。型取りから絵付けまで、良信さん独りぽっちの作業が続く。 「体が太過ぎると鮒になってまうし、尾っぽが長いと金魚になってまうんやて」。

大きな真鯉に、菖蒲を鉢巻きに挿した金太郎が跨(またが)る勇壮なのぼり鯉。 見渡せばどこもかしこも、伝統を蹴散らすように、新たな技術や商品が世に溢れかえっている。

この世にたった一人の油紙師が、時代の速度を憂いて、重い溜め息を落とした。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 101」」への9件のフィードバック

  1. おはようございます。
    油紙師のお話ですね。 油紙を、作る職人さんが見えるのですね。
    ブログを、見て勉強になりました。
    油紙を、作るのに手間が、かかるのですね。機械ではなく人の手で作っているのですね。
    (鯉のぼりの写真)鯉のぼり綺麗ですね。 和紙(油紙)で、作っているのですね。色々な大きさの鯉のぼりがあるのかなでしょうね。
    私は、油紙を、使った事が有りません。
    油紙は、化粧を、する時に使うイメージが有ります。

  2. 小学校低学年の頃の同級生のお宅が、油紙を作ってみえました。同級生の絵日記に「油紙を干す、お手伝いをしました。」とあり鮮やかな花模様の油紙に重しを乗せて何枚も干している絵が描かれていました。実際にそういう場面も何度も見たことがあり、とても綺麗で見惚れていました。油紙は、主に華道の花を包んでいたような気がします。いつか自分も持ちたいなぁと憧れていました。
    すでに1件になられたのですね。
    日本の素晴らしい伝統がなくなっていくのは寂しい限りです。

    1. そうです、そうです!
      花道の生徒さんが、お花を包まれてお持ち帰りになるのにお使いだと伺いました!

  3. 外科などで、薬を塗た後にガーゼを乗せ、その上に油紙を乗せて染み出ないように使ってましたが、それとは別物?

    あぶら取り紙ならよく知ってますよ。でも、今じゃ肌はカッサカサで脂も出ないけど(~_~;)

    1. ありましたねぇ。ガーゼの上に被せた、茶色い油紙ありましたねぇ。
      まあ、似たようなものですよね。

  4. しかし、昔の人は偉い!
    柿渋、荏胡麻、桐油・・で油紙
    どうして?そう言った発想になるんでしょう⤴
    今は、そんな事考えないで、欲しいものはお金を出せば手に入る時代
    便利な世の中です。
    私も「なごやンさん」と同じで、肌カサカサ!油紙は必要ありませんが!
    フェイスタオルは必需品です。
    だって世間で言うでしょう!
    「水も滴るイイ男」ってねぇ!

    1. それはちょっと・・・。
      ぼくなんて今でも汗っかきですから、顔の脂をフェイスタオルでたまに拭き取らねばなりませんもの。

  5. 油紙って聞くと やっぱり肌に関連する物を想像しちゃいます。
    でも この「のぼり鯉」が作られるぐらいですから かなり丈夫な紙なんでしょうね。
    色合いが独特で はっきりとした色の濃さが のぼり鯉にまたがってる金太郎?の力強さにも負けない感じがします。
    ずっと残っていって欲しいですね( ◠‿◠ )

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