「天職一芸~あの日のPoem 81」

今日の「天職人」は、名古屋市瑞穂区の「三味線皮張師」。

鄙びた家並三味の音響く 名残伝える花街通り       宵の座敷が掛かるまで 端唄にのせる撥捌き        宵に花咲く花街あたり 粋な芸妓がシャナリと歩み     白い項も艶やかに 照れて隠れる朧月

名古屋市瑞穂区の浅田屋三味線店、六代目皮張師の井坂繁夫さんを訪ねた。

「母は名妓連(めいぎれん)の芸妓で、笛専門。叔母もやっぱり芸妓で、小さい頃から三味線や笛の音を子守唄代わりに育ちましてね」。繁夫さんは渦高く積み上げられた、三味線の胴を背に笑った。

江戸末期。浅田屋三味線店は、加藤仙右衛門改め常吉が創業。二代目が浅田屋で修業し、暖簾分けで屋号を浅田屋に。しかし三代目の早逝で、年端も行かぬ四代目は、叔父の故山田隆利に五代目を譲った。

繁夫さんは、隣で暮らす母の姉の夫であった五代目を、父親代わりに育った。「高校を出て直ぐ、何のためらいもなく、親父の下で修業を始めてました」。

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三味線は、「棹師」「胴師」「張師」による分業制。張替えの場合、胴が割れぬよう紐を掛け、破れた皮を剥ぎ糊を落とす。次いで、弾き手の特徴を思い描きながら、皮を吟味し水に浸した布巾で数分湿らせ、肉眼では見えない薄皮をニベと呼ぶ紙で擦り落とす。そして寒梅と呼ぶ糊粉を胴に塗り、巨大な洗濯挟みを模した木栓(きせん)で張り伸ばす。さらに弾き手の好みの音を脳裏に浮かべ、木栓の上から紐を掛け、台座に木製の楔を打ち込み張り具合を補正する。

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さらに微妙な鳴り具合は、モジリと呼ばれる象牙の棒で、紐の締まりを調整。温風器の前に立てかけ、二時間前後乾燥させる。奏者がいつどこの舞台で、演目は何かまでを考慮し、その舞台に相応しい状態で鳴るよう乾燥具合を調えるのだ。「特に歌舞伎座は、乾燥がきついんですわ(平成十六年一月三十一日時点)」。

現在、文楽の太棹奏者は十五人。その皮張を引き受けられるのは、日本に唯一人、繁夫さんしかいない。

「演目と弦の高さを調整するコマを『二匁八分で』と、たったそれだけの注文」。まさに奏者と張師の信頼と、阿吽の呼吸だけが唯一の頼り。

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修業が始まってから十年を迎えようとしていたある日。文楽三味線の人間国宝、六代目鶴澤寛治師から電話が入った。「『これ、ぼくが張ったでしょう。若いから力一杯に張って、強弱がちょっと足りないねぇ。でも良く鳴るよ』って。それまでは親父が張ってましたから、でもその一言で自分の未熟さを知ったと同時に、自信もいただけて。粋な計らいでした」。

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今はそれぞれに、伝統を受け継いだ七代目の奏者と、六代目の張師が、日本の音曲を後世に伝える。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 81」」への8件のフィードバック

  1. 名古屋に三味線の専門店があるとは知らなかったです。伝統文化が名古屋に根付いているんですね。

  2. おはようございます。
    ・三味線皮張り師のお話ですね。
    ・三味線は、竿師,胴師,張師の分業制だったのですね。知りませんでした。
    ブログを、見て勉強になりました。
    ・三味線皮張り 大変な仕事ですね。
    ・井坂さん 人間国宝の方(六代目鶴澤寛治師)に教えて貰って良かったですね。
    家に、三味線は有りません。

  3. おはようございます。
    三味線の修理出来る職人さん(皮張,胴師,竿師)は、貴重ですね。
    三味線の職人は、少ないのかな?

  4. 昨年11月、大阪まで文楽「仮名手本忠臣蔵」八段〜十一段を聴きに行ってきました。太夫と三味線の方々のすぐ側の席で、たまたま隣席になった御婦人と言葉を交わしました。すると、その方のお父様が以前、文楽三味線の奏者だったことが分かり、さらに話が弾みました。
    舞台途中では、鶴澤藤蔵さんの三味線の弦が切れ、それでも白熱の演奏に訳もわからず感激しました。(まるでロックフェスの乗りです。)その御婦人も涙を流され「この気持ちを伝えないと!」と早速、楽屋へ会いに行かれました。
    もちろん、若手の鶴澤寛太郎さん方も、とっても素晴らしかったです。

    そうした文楽三味線の皮張を瑞穂区の方がやっていらしたとは、本当に驚きました。オカダさんの天職人のブログには、いつも驚くばかりです。
    手仕事の素晴らしさを伝えて下さって、ありがとうございます!
    また違った魅力が加味されて三味線を聴く事が出来そうです。

    1. 確かにそうですよねぇ。演じ手がいるということは、その相方である楽器などを手掛けてくれる、信頼のおける職人あったればこそですよね。
      今度三味の音に耳を傾けられる折は、そんな職人の黒子のような姿が浮かんでくるかもしれませんよね。

  5. 人間国宝の方からの電話…
    鳥肌が立ちそうでした。
    三味線を通して お互いの想いが手を取るように分かり合えるなんて 凄い事ですよ。
    だからこそ真摯に向き合うんでしょうね。
    三味線の音色って 心の奥底まで響く迫力があって好きです( ◠‿◠ )

    1. 確かに、時には艶っぽく、そして津軽三味線のような荒々しさまで!
      たった三本の弦で、あれだけ表現出来るのですから、ただただ天晴です!

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