「天職一芸~あの日のPoem 70」

今日の「天職人」は、愛知県豊橋市の「筆軸木管師(ふでじくもっかんし)」。

泥んこ顔のお転婆が 見違えるほど奇麗だ         打掛に身を包んで 姉ちゃんが三つ指を着いた       親父は冷酒を煽り 古びた筆を取り出した         「孫の名はこれで記せ お前の名付け筆だ」と       「娘はやがて巣立つものと 父さんは深い愛を注いだ    笑顔で送り出せぬ訳 分かっておやり」と母の声

愛知県豊橋市の鈴木木管製作所に、二代目筆軸木管師の鈴木欽一さんを訪ねた。

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「一生毛皮は買ってやれんだろう。でもその代わりお前が寒くないよう、死ぬまで一緒に寝てやるだぁ」。何とも乱暴な台詞が、プロポーズだったと、欽一さんは妻の由紀子さんを盗み見た。

鈴木木管製作所は、「木管屋の神様」と讃えられた、初代清一が昭和10(1935)年に創業。紡績用糸巻きの芯を彫る技術を、木管の筆軸や筆鞘(ふでざや)に応用する、画期的な技術だった。だが日毎戦局は悪化。欽一さんが九歳の年、豊川大空襲で一家は工場もろとも焼け出された。

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終戦から九年。高校卒業と同時に、名古屋の轆轤師(ろくろし)の元で一年間奉公し、父の元へと戻り修業を始めた。

硫酸鉄を溶いた湯で、竹を小一時間煮立て茶に染める。次に電熱器で竹を炙り、曲がりを矯正。先代が発明した軸切機で両端を切断する。面を取り、溝を彫って木綿糸を巻く。そして木骨(きこつ)を貼り、周りを削って表面を塗装。仕上げは、木骨にリリアン糸の輪を通す。「筆の穂先の吸った湿気が、リリアンを伝って逃げるだぁ。竹は生きとるらぁ」。

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修業から十年を迎えた朝のこと。「今から岡山へ、お前の嫁さん貰いに行ってくるだ」。父が旅支度をしながらつぶやいた。

欽一さんの愛妻由紀子さんは、十六歳で郷里の岡山を離れ、豊橋の病院長宅で行儀見習いをしながら看護師を目指していた。

ひょんな出逢いが二人を紡いでいった。「あの頃はよう風邪ひいただぁ」。傍らで由紀子さんが咳払いを一つ。何のことはない。欽一さんは、とにかく由紀子さんに一目逢いたいばかり。風邪をひいただの腹が痛いだのと言っちゃあ、白衣の由紀子さんに注射を打ってもらいに、ひたすら病院通いの毎日。そんな二人の仲を知った父が、嫁取りへと旅立った。

鈴木家の寿ぎは、一男一女の誕生へと続いた。しかしその喜びも冷めやらぬ四年後。煙草の火の不始末から出火し、自宅と工場が全焼。煙草を一切口にしない欽一さんだったが、最後の最後まで自分の不始末だと押し通したと言う。

「筆軸なんて所詮黒子。筆師さんが穂先を埋めてくれんと物にならんらぁ」。欽一さんの言葉を、三代目を継ぐ美宏さんが引き取った。「でも軸がなければ、筆にはなりません。私も父の様に、筆師さんの信頼を早く得んと!」。

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日本一の六甲矢竹(ろっこうやだけ)は、陽の当たらぬ深い谷で、遥かな天空を睨み真っ直ぐに育つ。まるで筆軸木管師父子の頑なな生き様のように。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 70」」への7件のフィードバック

  1. おはようございます。
    筆軸木管師さんのお話ですね。
    筆軸を、作る職人さんが見えたのですね。 私は、知りませんでした。勉強になりました。
    ・鈴木さん高校卒業してから奉公に行ってから修行を、したのですね。
    火事があった時 鈴木さんは、自分の不始末と言ったのですね。復興するまで大変でしたね。
    ・鈴木さん後継ぎさんがいて良かったですね。
    ・確かに、筆軸が、無いと筆が作れませんね。
    ・筆軸なんて所詮黒子。筆師さんが穂先を埋めてくれんと物にならんらぁ」。黒子(裏方)さんが、いないと出来ませんよ。一つの部品が無いだけで、商品(筆)が作れません。

  2. 確かに、筆にリリアンが付いてました。
    飾りか、吊り下げる時に使うのかと思っていましたが、穂先の湿気を逃がす為とは知らンかったなぁ。ちゃんとした役目があったんですねぇʕ•ٹ•ʔ

    1. ぼくもそのお話を聞くまでは、どこぞかに吊るすための輪っかだと思ってましたもの(汗)

  3. 今日もまた勉強させて頂きました( ◠‿◠ )
    頭の中の引き出しがどんどん増えていきそう(笑)
    どんなに小さな部品でも それが1つでも欠けていては成り立たないし 作る方がいないと完成しない。
    誇りを持って真っ直ぐお仕事されてる姿は カッコいいですよね!

    1. 見てくれの格好良さなんて、職人さんの姿勢や言葉からすれば、茶番だなぁと思えてしまう程、哲学があってカッコイイんですよねぇ。

  4. 「弘法筆を選ばず」
    何て事を言いますが、職人さんが丹精込めて作った製品を使っても
    自慢しますが、わたくし何を隠そう
    ミミズと争っても勝つくらいの筆自慢⤴英語のスペルも同様!
    だからラブレター何て書いた事がありません!
    あっ!そうだ、モテ男の僕チンは書かなくても
    女性がくれたわぁ~~!なんちゃって⤴
    オカダさんは文筆家だから、筆自慢なんでしょうねぇ!
    羨ましい⤴

    1. ぼくも落ち武者殿と負けず劣らずの筆ヘタレです。
      でもいいんです。
      どんなにへたっくそでも、直筆にはその人の心が籠っていますから、上辺だけの巧さよりも、心に届くとぼくは信じています。
      あ~あ、この時間、今まさに、緊急事態宣言とやらで、偉い?方が演説を全局サイマルでやっているようですが、まったく心に響きませんし、心打たれるものでもありません!
      なんたるこっちゃ!

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