「天職一芸~あの日のPoem 47」

今日の「天職人」は、三重県伊勢市の、「蒲鉾職人」。

辛い思いを抱いた夜は 駅舎の待合室にいた       故郷からの汽車が着き お国訛りを目で追った      母恋しさに寝れぬ夜は 故郷に向いた窓を開け      煎餅布団に包まって 母の鼻歌口ずさむ

三重県伊勢市で明治38(1905)年創業の蒲鉾店「若松屋」三代目美濃豊松さんを訪ねた。

「丁稚奉公の頃は、窓が伊勢へ向いとるだけで、なんや嬉して、そんだけで幸せやったんやさ」。豊松さんは、水仕事で真っ赤になった手を揉みしだいた。

豊松さんは昭和16(1941)年、伊勢の台所として参宮客で賑わう河崎で誕生。しかし戦時の暗雲が重く垂れ込め、統制経済の影響で店は休業を余儀なくされた。

戦後の混乱期には、正直者が馬鹿を見た。「魚の頭落として、身だけ籠の下へ入れ、粗で上っ面を隠して。皆上手い事しとたらしい。でも家の親爺は、ようせんかって休業のままやさ。お陰で皆客取られてもうて」。戦後一年を経て、ようやく店は再開した。

豊松さんは小学生の頃から店を手伝い、高校を出ると大阪尼崎の蒲鉾屋へ丁稚奉公に出された。「しばらく他所で、冷や飯喰うて来い」と。

早朝4時に起き出し、食事は俎板を食卓代わりにして、立ったまま掻き込んだ。夜遅く仕事を終えると、疲れ果てた足で梯子を上り、屋根裏部屋に崩れ込んだ。「阪神が負けると、大ファンの番頭が、腹癒せにバケツで水をぶっ掛けよってかなんだわ」。ところが豊松さんは、辛かった丁稚時代が、今でも一番の宝物と言う。二年に及ぶ冷や飯修業を終え、伊勢に戻り先代の下で家業に明け暮れた。

二十七歳の昭和43(1968)年に妻を娶った。すると孫の成長を見納めたかのように、創業者であった祖父が息を引き取った。その翌年、今度は二代目の父が、後を追うかのように他界。わずか三十歳にして、先達二人を失い、途方に暮れながら三代目を襲名した。

豊松さんの蒲鉾には、最高級のグチやエソを始め、伊勢で水揚げされた地場の白身魚が使われる。まず下ろした身に塩を振り、粘りが出るまで磨り潰す。そこに魚の煮汁と砂糖、そして味醂を加え秘伝の味に調える。仕上げは蒲鉾の付け板に、刃の無い付庖丁(つけぼうちょう)ですり身をこんもりと半円型に盛り付け、着色した紅色のすり身を上塗りする。

「伊勢の杜が清めた水は、川を下り豊かな伊勢の海を作るんやさ。神様が与えて下さるこの土地の素材にこだわって、納得いく味ださんとな」。豊松さんは窓の外を眺めた。

神領河崎生まれの誇りを、白身魚と共に練り上げる伊勢蒲鉾は、一世紀も前の風味そのままに、現を生きる我らの舌に運び来る。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 47」」への11件のフィードバック

  1. おはようございます。
    蒲鉾職人さんのお話ですね。

    ・美濃さん 丁稚奉公の時から先代の祖父が亡くなってからお父さんが亡くなって大変でしたね。

    ・ブログを、読んでいると豊松さんの蒲鉾食べたくなりますね。

    ・材料は、地元の白身魚(グチ,エソ)が、使われているのですね。地産地消ですね。

    ・私は、伊勢蒲鉾食べた事有りません。

    ・赤巻きか雑煮に入っている白とピンクの蒲鉾は、食べた事有ります。

    ・私は、蒲鉾好きです。蒲鉾は、生で食べても焼いても汁物の中に入っていても良いですね。

    ・スーパーで蒲鉾のコーナーを、見ていると色々な蒲鉾(シンプルな赤巻き,キャラクターの顔が書いている蒲鉾,ぐでたまの玉子蒲鉾 お弁当にそのままいれても良いです。等)が有りますね。

  2. スキ スキ スキ スキ、練り物、だ〜い好き(•ө•)♡

    年末になると、スーパーなどで普段は見かけない様な大きな蒲鉾が陳列されます。お値段もまちまちで、お正月用にと奮発して買っちゃいますが、あれって何が違うんだろう?って思うのは私だけ?

    1. ヤマサの竹輪の豊橋のお店で、豊橋の手筒花火を模して、藁縄が蒔かれた竹筒の中に、ヤマサの竹輪やハンペンなんぞの、練り物の詰め合わせが売られていたものです。

  3. 私も「練り物」大好き~ぃ⤴
    練り物好きに、悪党は居ないって、昔の誰か?が言っていたかも?知れない?
    一番好きなのは、練り物なら何でも良いので
    シンプルにオーブントースターで少し焼いて「生姜たまり」をつけて
    「プッハァ~⤴」だねぇ!たまらん⤴呑めんけど!
    そうそう「ちくわ」の中にきゅうり、シソ、梅肉入れて
    「プッハァ~⤴」だねぇ!たまらん⤴呑めんけど!

    1. ぼくも竹輪天にゃあ目が無いですねぇ!
      竹輪天でぷっはぁ!
      たまらん、たまらん!

  4. その土地の素材にこだわって作るのって物凄く大変なんでしょうけど でも その土地だけの素材の組み合わせが一番美味しいんですよね!
    出来立ての蒲鉾って 美味しいんでしょうね〜( ◠‿◠ )
    右に倣えで「ぷっはぁ〜!たまりませんね〜」
    女優の石田ゆり子さんが さつま揚げをつまみに一番搾りを飲む CM …
    毎回このCMを見るたびに ハァ〜って力が抜けそうになるんですよ(笑)

    ps. 丁稚奉公の言葉を聞いて 昔よく見てたTV 「あっちこっち丁稚」を思い出してました。
    お笑い*吉本新喜劇が大好きなんです。

    1. 揚げたての練り物って、もうそれだけで十分すぎる贅沢なご馳走ですよねぇ。
      それにキリン一番搾りと来た日にゃあ!
      マーベラスな取り合わせですねぇ!

  5. お蕎麦屋さんで 日本酒と板わさ なんて ちょっと 大人のステキな時間でした (#^.^#)

    私は竹輪にキュウリは マヨネーズですよ~ お子ちゃまなので (笑)

    1. 板わさともろきゅうに、レーズンバターなんて、昔のスナックの定番の摘まみでしたもんねぇ。
      でも今時、そんな品書きも見なくなっちゃいましたねぇ。

  6. I was suggested this blog through my cousin. I
    am no longer positive whether or not this submit is written by way of him as no one
    else realize such distinct about my trouble. You’re incredible!
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